第62話 初めての糸作り
昼食を終えて少し眠気を感じた頃、お母様たち女性陣が森の方に向かう。なんとなく気になった私はお母様たちの後を追った。
お母様たちは干していた樹皮を手に取り談笑をしている。
「お母様、何かするの?」
「あらカレンも来たのね。あのね、オッヒョイもニィレも順調に増えてきているから、今あるこの樹皮を糸にしようと思ったの」
これは美樹も知らない作業なので私はワクワクとしだす。
「見たい!やりたい!手伝いたい!」
以前スイレンがやった選手宣誓のように片手を上げてアピールをすると女性陣に笑われた。
それなりに大変な作業だということで準備をしていると、いつの間にかお父様が混ざっている。お父様だけじゃなく、タデとヒイラギ、その他にも男性がいる。おや?と思い見ていると、男性陣はさり気なく自分の奥さんの手伝いをしているようだ。重い物を持ったり必要な道具を荷車に載せたりと、奥さんに負担をかけないようにしている。
みんなのレディーファーストぶりというか、奥さんラブを見ているうちにニヤニヤが止まらなくなってしまい、その顔を近くにいたタデに見られてしまった。
「……どうしたのだ?」
不思議な生き物を見たかのような顔でタデに聞かれた。
「ううん、みんな奥さんのことを大事にしているな〜って思って。……早く壁を作らなきゃね」
「壁?何のことだ?」
困惑気味のタデに小声で答える。
「ハコベさん、子どもが欲しいって言ってたから、壁さえあれば子作り出来るでしょ?」
きっと今の私はどこのスケベオヤジにも負けない顔をしていたことだろう。私の言いたいことが分かったタデはみるみるうちに真っ赤になり、ペチーンと私の額を叩いた。
「こっ!……子どもが何を言う!」
「いったーい!」
真っ赤になったタデは足早にハコベさんの元に行くが、ハコベさんの顔を見て私の言葉を思い出したのか挙動不審になっている。それをまたニヤニヤと見ていたら物凄く睨まれてしまったけれど。
────
てっきり広場で作業をすると思い込んでいたけれど、連れて来られたのは水路建設の現場だった。なぜ荷車に道具を載せているのかと思っていたら、こういうことだったんだと納得した。
大人たちは落ちている石で簡易かまどを作り、その上に鍋を乗せる。食事の時に使う鍋を川の水でザッと洗い、それもかまどの上に乗せる。バケツで水を汲み鍋に入れ、焚き木に火を着ける。湯が沸くまで時間がかかりそうだったので、お父様と一緒に午前中に工事をした箇所を見に行った。
「お父様、もうしっかりと乾いているみたい」
「やはりか。そんな気がしてスイレンたちに後で来るように伝えて来たのだ」
「そうなの?あっちもこっちも忙しくなりそう」
「カレンはそうだろうな」
お父様は豪快に笑い私の頭を撫でてくれた。
かまどの方に戻り少し経つと鍋に気泡が見えて来た。良い感じに沸いてきているようだ。すると大人たちは鍋の中に何かを入れている。近付いて見ると灰だった。料理の時に出た灰を溜めていたようだ。日本でも山菜のアク抜きに灰を使うがきっと同じような理由なんだろう。
グラグラと沸騰する鍋に次々と樹皮を入れていく。沸騰する力で樹皮が浮き上がって来るが、長い木の棒でかき混ぜたり沈めたりして全体がしっかりと煮えるように調整している。この暑い土地で料理をする時以上に火力を上げているので汗が止まらない。交代で鍋の番をし、誰かと交代すると川へ行き水を飲んだり顔を洗ったりして体を冷やす。
途中でスイレンたちが来て水路建設を始めたのでモールタールを練り、私のモールタール塗りと石管の連結作業をお母様たちは興味深そうに見学していた。こちらの作業もある程度で終わらせ、ウルイとミツバには余ったモールタールでコテ使いの練習をするように伝えた。
そうこうしているうちに樹皮はしっかりと煮えたようで、大人たちは木の棒を使い器用に樹皮を鍋から取り出している。触れない程に熱いそれに水をかけ触れる温度に下げる。
驚くことにあんなにグラグラと煮たにもかかわらず、樹皮は干していた時の形のままだ。違いと言えばぬめりが見て分かるほど出ていて、ものによっては寒天のような餡かけ料理の餡のような半透明のものが付着している。
「さあ、これを洗うわよ」
お母様の号令と共に持てる熱さになった樹皮を持ち川に向かう。元々川のなかった森では鍋に水を溜めて洗っていたそうだが、水が豊富な川を前にし直接川の中で洗うことになった。
これがなかなかに重労働で、コツの分からない私は苦労する。洗っては絞ってを繰り返し、完全にぬめりがなくならないと使えないと大人たちは言う。根気よく繰り返し、ようやくぬめりが取れたところで大人たちは川辺の砂利の上に座り込む。
「内皮を剥がすわよ。カレンも手伝って」
ようやく糸に出来るのかと思い、お母様の隣に座りやり方を観察する。絞られた樹皮をくしゃくしゃと揉むようにするとペロンと皮が剥がれる。
「え……糸は……?」
「それはまだ先の工程ね」
嘘でしょう……そう思いながら見様見真似で皮を剝がしていくと、一枚一枚が薄い皮となる。玉ねぎの皮むきすらイライラする私にはなかなかに苦痛な作業ではあったけど、やればやる程皮がペロンと剥がれる感覚が快感に変わり、気付けば夢中になってやっていた。
水路建設をしていた者も手伝ってくれたおかげでようやく全部の皮を剥ぐことが出来た。
「では帰ってこれを干しましょう」
「干すの!?……思っていた以上に大変なのね……」
「そう?私たちにとっては普通のことよ?」
いつの間にか参加していたスイレンと私は疲れきってしまい、帰りは荷車に乗せてもらった。帰る途中で日本での糸作りについて聞かれたが、美樹は興味本位でやった羊毛を毛糸にする作業しかしたことがなく、糸も布ももう出来ている状態で売られていることを言うと逆にみんなに驚かれた。
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