第63話 本当の糸作り

 朝だ。目が覚めたけれど頭が重い。昨日は帰って来てから樹皮を干し、みんなで夕食を作って食べたまでは覚えているけど、その後から眠気が酷くてうつらうつらとしていたのは何となく覚えている。きっとそのまま寝てしまったんだろう。寝たのはいいけれど……いつもよりも多くの情報が詰まった夢を見たせいで、目覚めがスッキリせず頭が重いようだ。


────


 朝の水やりなどを済ませ、昨日植えたプランターの様子を見てみると挿し木をしたものは変化がないが、デーツの種は半分以上が発芽しているようだ。明日にかけてまだまだ発芽するかもしれない。

 そして朝食を済ませるとお父様に呼ばれた。


「カレンよ。糸作りを見たいのだろう?水路建設は私たちで進めようと思うのだが」


「そうね……スイレンがいれば問題ないと思うし、ウルイとミツバにモールタール作業を任せてみようかしら。もし何かあったら即座に中止してね」


「分かった」


 お父様は優しく微笑み、準備を終えるとみんなと共に水路建設へと向かった。残った私はお母様と朝食の片付けをし、樹皮を干している場所へと向かった。

 薄皮を剥いだおかげで樹皮は茹でる前の何倍にも増えているが、これを糸にするのは相当苦労するだろうなと覚悟した。覚悟した矢先に「オッヒョイを切り倒すぞ」と森の中から聞こえてきたので、この作業は手先の器用な民たちの毎日の作業になるんだろうとぼんやりと思った。


 私たちは乾いた樹皮を全部持ち、直射日光の当たらない程よい日陰に腰を下ろす。クローバーの自然の絨毯のおかげでお尻は痛くない。みんなは胡座をかき、利き手側に樹皮の束を置く。


「では始めましょうか。カレン、私の真似をして」


 お母様の号令で作業が開始された。お母様は一枚の樹皮を手に取り、繊維に沿って裂いていく。


「できるだけ同じ細さで裂くのよ」


 お母様は簡単そうにそう言うが、初めての私は繊維が途中で切れてしまったり、一本一本が全部違う細さになってしまう。私以外のみんなは談笑しながらピーっと裂いてもどれも同じ細さなのに、やはり熟練の技には敵わない。

 誰よりも早く一枚の樹皮を糸にしたお母様は材木置き場へと行き、一本の細い棒を持ってきた。糸を巻きつけるのかなと思っていると、予想外の言葉を口にする。


「カレン、糸にするところを見せるわね」


「えぇ!?これが糸なんじゃ……!?」


「何を言ってるの。それはただの繊維よ」


 私は心底驚いているのに、みんなは「気が早い」と笑う。呆気にとられながらも一度手を休め、お母様の手元を確認する。

 一本の繊維を親指と人差し指で摘み、もう片方の手でも親指と人差し指で摘み捻るようにして撚りをかけていく。撚りがかかった部分を棒に巻きつけ同じことを延々と繰り返していく。

 思い出した……今日の夢はこのことだったんだと。慌ててお母様を止める。


「待って待ってお母様!もっと早く糸を作れるわ!」


 全員が「え?」とざわめく。糸車という方法もあるが作るのに時間がかかってしまうし、何よりも糸車は固い繊維を紡ごうとすると繊維に負けて糸車自体が損傷すると聞いたことがある。ならば簡単に作れるあれしかない。


「誰か木を加工してもらってもいい?」


「私がやるよ」


 立候補してくれたのはナズナさんだった。私はすぐに材木置き場へ走り、薄い板と小指くらいの細さの棒を拾って戻って来た。


「この板を丸く切って、真ん中にこの棒を挿して動かないようにしてほしいの」


「そんなに簡単でいいの?」


 ナズナさんは驚きながらもすぐに作業を始めてくれ、ペットボトルの底くらいの大きさの円盤を作り、棒よりも少し小さな穴を開け棒を無理やり挿して固定した。円盤を固定した部分は棒の端の方だ。そして長い方の棒の先を手芸のかぎ針のように加工してもらう。


「これは国や使う人によって形が違うけど、私たちはスピンドルとか紡錘と呼んでいた道具よ」


 お母様が撚りをかけた糸をスピンドルの長い方の棒に巻き、その先をかぎ針状のところに引っ掛ける。まだ撚りをかけていない繊維を摘みスピンドルを回すと糸になっていく。ある程度糸になったらかぎ針部分から外し棒に巻きつける。これを繰り返すのだ。


「慣れるまで力加減が難しいけれど、慣れたらこっちのほうが早いわ」


 作ってもらった手前、上手に糸を紡ぎたいが力加減が分からず糸の太さが均一にできない。それを見ていたお母様は「貸して」と私の手からスピンドルを受け取り、ゆっくりと回転させながら糸を紡いでいく。全員がその様子を見ていると回転速度は早くなっていき、どんどんと糸が紡がれていく。


「……本当だわ……やり方さえ分かれば簡単だし早いわ!」


 お母様のその言葉で、ナズナさんは繊維を裂く作業をやめてスピンドルの作成に取り掛かる。その間にみんなは必死に繊維を裂く。お母様はというと繊維と繊維をはた結びという日本でもやる結び方で繋ぎ、糸をどんどんと紡いでいく。

 スピンドルが一つ出来上がる度にナズナさんは隣の人に渡し、みんながそれぞれ糸を紡いでいく。やはりみんな手先が器用なのかすぐに扱いに慣れ、スピンドルは女性たちにとって画期的な道具となったようだ。

 私は繊維を裂くのがやっとなので、まずはここからね、と苦笑したのだった。

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