第53話 間伐作業

 さてさて、昨日は畑作りをしたところで作業は終わり残りの時間をまったりと過ごした。のんびりしながら「やっぱり日本人は働きすぎだわ……」なんてことを考えたり。


 みんな大体同じような時間に目が覚め、なんとなく広場に集まる。適材適所といった感じで、民たちは自分で考え作業をする。とは言ってもエビネとタラはもう畑作業のエキスパートで、他の民に指導もしている。あの二人に畑は完全に任せても大丈夫だろう。なので私は森の観察に行くことにした。

 昨日作った小さな森の苗床はほとんど見た目が変わっていない。逆に最初に作った小さな森は、昨日よりも木や草が生い茂っている。ふと視線を感じそちらを見ると、木の陰からシャガとハマスゲが私を見ていた。見ようによっては不審者だ。


「おはよう、シャガ、ハマスゲ」


「おはようございます……」


「……おはよう……ございます」


 声をかけるとようやく木の陰から出て来てくれた。まだ緊張しているのか二人はそわそわとしている。


「……何を……なさっておいでですか……?」


 無口だと言っていたハマスゲが口を開いた。私は嬉しくなり笑顔で答える。


「昨日ね、ナズナさんたちと香草を植えたんだけど、香草の為にも間伐をしたほうがいいのかなって思って……」


 そこまで言うとハマスゲが両手の平をこちらに向けストップの合図をかけ、シャガが広場に向けて走り出す。訳が分からず黙っていると、シャガはお父様やじいやを始めとする手の空いていた民を連れて来た。連れて来られた方も「なんだ?」「どうした?」と言っている。


「どうぞ……」


「えぇと……」


 ハマスゲが続きを促すが、当然こちらも困惑し何がなんだか分からない。するとハマスゲは「間伐」と一言だけ言葉を発する。間伐の説明をしたら良いのかしら……?


「えっと……昨日植えた香草や芽吹いたばかりの木々の為に『間伐』という作業をするべきかと思って……」


 聞き慣れない言葉なのか、みんなは顔を見合わせている。すると一人の男性が声を上げる。


「今日から作業に参加するハマナスという。そこのハマスゲの父だ。間伐とは何か?」


 えぇ!?と思いハマスゲを見てみるけど、言われてみれば似ている。ハマスゲは無口で愛想のないハッキリと言えば朴念仁だけど、ハマナスは深い皺が顔に刻まれ眉毛も髪も全てが真っ白の見た目はお爺さんだ。パッと見の印象は違うが顔立ちは似ていた。


「間伐は森の成長に必要な作業よ。例えば今ここに生えている木が全部大きく成長したとすると木と木の間に隙間が無くなるわよね?そのせいで木は充分な成長が出来なくなってしまう。そして生い茂った葉は光を通さず、地表に光が届かず草も育たなくなってしまうの。その為にも木を切ることを間伐と言うの」


 森の生活で覚えがあるのか、みんな何かを思い出した表情になっている。


「そして昨日ここに香草を植えたの。もっと増えたら畑に植えようと思っているけど、この香草たちや草花に光を与える為にもある程度間伐したほうがいいと思って」


「以前木を切り倒したのとは違うのか?」


 今度はお父様が質問をぶつけてくる。


「ある意味あれも間伐ね」


「切り倒す木を選ぶ基準は?」


 ハマナスはまた質問をする。ただ言われた通りに作業するのではなく、疑問を口にしてくれるのがやる気を感じられて嬉しい。


「そうね……どの木を残して成長させたいかで考えたり、あとはこれね」


 私はしゃがんで指をさす。そこには木の根元から生える『ひこばえ』があった。


「この根元から生える若芽を私たちは『ひこばえ』と呼んでいたんだけど、あえて中心に生えている大きな木を切って、このひこばえを成長させて新たな森にしたりするわ」


 美樹の同級生の家は林業を営んでいて、美樹はよく森に連れて行ってもらい作業を見せてもらったりしていたので、森で遊びながら間伐の大切さを学ばせてもらった。


「ひこばえがまだ出ていない木でも、切り倒しても根は生きているから大抵は芽が出て来るわ。私は前世で森で遊んだりはしたけど、木の名前や種類、使い道については詳しくないの。その辺はみんなの方が詳しいと思うからみんなが決めて」


 その言葉を聞きお父様たちは会議を始める。森を見て未来の姿を想像し、今必要なものや後で必要になるものを話し合っている。

 聞き慣れない木の名前が飛び交うので話に入れず、しゃがんだまま足元を見ていると何かが動く。何なのか分からないので落ちていた枝で土を穿り返すと、出て来たのはミミズだった。土の中に混ざって来たか卵があったかだろう。

 一匹だけのはずがないと思い、あちこち穿り返し見つけては捕まえる。その捕獲に没頭していると背後から叫び声が聞こえた。


「姫様ー!何をしておいでかー!?」


「じいや!見て!ミミズがたくさん!」


 ミミズに触るのは全く抵抗がないので、両手で掬ってミミズの山を見せるとじいやは絶叫する。その声に反応し大人たちが集まって来た。


「ははは!カレン!じいはミズズが苦手なのだ!」


 お父様は笑いながらミミズことミズズの話をしてくれた。

 ある時、お父様たちは獲物を追っているうちに日暮れとなり夜営をすることになった。いつもと変わらず寝ているとじいやが騒ぎ出し、何事かと火を焚いてみるとじいやの顔の上をミズズが這っていたらしい。這っていたのはよりによって巨大種で色は青いらしく、それを聞いてシーボルトミミズを想像する。確かにあんなのが顔を這っていたら立ち直れなくなると思う……。


「で、カレンよ?そのミズズをどうするのだ?」


「決まってるわ!畑に住んでもらうの!」


 笑顔で会話をする私たちとは対象的に、じいやは絶望的な顔をしていた。

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