第54話 過労

 大人たちは間伐について話し合い、どの木を切るか決めたようだ。意外にも女性もしっかりと意見を言い、少なくともヒーズル王国には『男尊女卑』という言葉はないようだ。私はお父様に声をかけ、たくさんのミズズを両手に載せて畑に行くことにした。


「スイレーン!ちょっと手伝ってー!」


「あ、カレン……って何それ!?」


 スイレンにとっては人生初めて見るであろうミズズ。ピンクのミズズは元気よくウネウネと蠢いている。


「これをね畑に連れて来たの。土を良くしてくれるのよ?」


「僕……それ……無理……」


 絶対的な拒絶の顔をするスイレンに笑っているとエビネたちが集まって来る。


「ミズズがいたのですか?」


「そうなの!栄養ある土を作ってくれるから連れて来たんだけど、スイレンは見た目がもうダメみたい」


 苦笑いでそう言うと、みんなはスイレンの顔を見て笑う。子どもである私の手の中にいるミズズは数百匹もいるわけではないので、全部を一箇所に放すことにした。すき込みをしたばかりのほぼ砂の畑に放すのも気が引け、芽が出たばかりのトウモロコーンの畑の上にそっと降ろすとウネウネと土に潜っていった。ミズズもたくさん増えて欲しいわ!


 その後しっかりと手を洗い、新鮮な野菜の朝食を食べる。ふと昨日からタデを見かけていないことに気付き、お父様に聞いてみると最近は石切り場で泊まり込んで作業をしていると言うではないか。

 定期的にハコベさんやお母様が野菜を運んでいると聞き、私とスイレンは同行させてもらうことにした。


 広場から石切り場まで談笑しながら歩いていたが、到着して現状を見て驚いた。私が頼んだ石管が所狭しと並べられていたからだ。何よりも、何かに取り憑かれたかのように石を彫り続けるタデに驚く。


「タデ!一旦手を止めて!」


 私の声に反応し、手を止めこちらを見るタデは「姫……」と一言だけ呟いたが、目の下は隈が出来て明らかに健康的ではない。


「タデ……。休んでないんでしょう?私がいた世界は『過労死』という言葉があったのだけれど、働きすぎても人は死んじゃうのよ……?」


 その言葉に周りはざわめくが、タデはそのまま口を開く。


「ですが……早く水路を作れば……国の為になる……」


 あぁ……タデの生真面目さが悪い方向に働いてしまったのね。困り果てていると少し離れた場所にいたスイレンが走って来た。


「僕が伝えた数よりも石管がたくさんあるよ。タデ、もう大丈夫だよ」


「……予備も必要かと思いまして……」


 疲れきった表情のタデに私たち双子はハモる。


「「タデ、休んで!」」


 タデだけじゃなく一緒に作業をしていた人たちにも今日の作業は終了と告げる。タデ以外は適度に休憩を取っていたらしい。そしてタデを無理やり荷車に載せ、隣にオロオロとするハコベさんも座らせ一旦全員で広場に戻った。


「どうした!?何があったのだ!?」


 広場に戻るとお父様にタデの件を報告し、石切り場のメンバーに何もせずゆっくり休むように命令をしてもらった。だけど私はゆっくりはしていられない。スイレンも同じ気持ちのようで私たちは頷きあう。


「お父様!水路の建設を始めるわ!力のある者は手を貸して!」


 そう声を上げると間伐を終えたハマスゲ、ハマナス親子やイチビたち、まだ名前を聞いていない民たち、そしてお父様とじいやが集う。必要な道具を荷車に載せ、全員で石切り場に向かった。


 石切り場に到着するとスイレンが声を上げる。


「カレンが必要な物を買いに行っている間に僕は川までの正確な方向と最短の直線を導き出した。印を残しているからそれに沿って溝を掘って欲しい」


 いつもとは違いキリリとしたスイレンは工事現場の親方のようだ。ここでは私の出る幕がないのでスイレンに取り仕切ってもらう。

 いくつかの石管や石材を荷車に載せる者、掘り進める役のお父様とじいや、そして意外にもハマナスさんもパワー系らしくスコップを持つ。

 スイレンは石を積み上げて印を付けていたようだけど掘る人、特にお父様の方向音痴対策として印の部分に木の枝を差し込み枝と枝を縄で繋ぐ。その張られた縄の横を掘り進んで行くらしい。以前お父様とじいやが掘った溝は跡形もなく消えていた。強風を感じたことはないけれど、やはり風の力で砂が動いているようだ。


 お父様もじいやもスタミナが切れることはないけど、タデに休めと言った手前、無理はせず交代で砂を掘る。だけどお父様とじいやの番の時はやはりスピードもパワーも桁外れだった。ただ今日は曇りで作業がしやすいけれど、快晴の時はきっと身体に負担がかかってしまう。その対策も考えなきゃ……。

 前回のような遊びで掘った浅い溝では気付かなかったが、深く掘ってみると岩盤に行き着いた。場所によっては砕けた岩や石になっていたが、私たちが目指す方向には岩盤が広がっているようだ。


「良かった……石管が砂に埋もれていったらどうしようって……実は対策を考えてなかったけど、岩盤があるなら大丈夫ね」


 その言葉に全員が驚く。美樹の家の周りには砂地はあっても砂漠はないので悩んでいたけど、岩盤があれば砂に物が沈むことはないだろう。ちなみに美樹の家の近くの砂地はスイカ畑やメロン畑になっていて、地元民に愛されるスイカやメロンが収穫されていた。


 後の作業をしやすいように幅も広く掘ってもらい、手持ち無沙汰の普通の力の持ち主たちには先に軽い表面の砂を掘ってもらうことにし、後から来たパワー系の三人に岩盤まで掘ってもらうことにした。岩盤近くまで行くと砂も若干水分を含んでいるのか重くなっているようだからだ。

 その日はほとんど川岸と言ってもいい場所まで掘ったところで作業終了とし、残りの時間は体を休める為に広場でのんびりすることにした。

 私は今日から作業に参加した上に力仕事を頑張ってくれたハマナスを労い、ハマナスにはまだ未体験のマッサージを施し喜んでもらった。それを見ていたイチビたちが何故か悔しそうにしていたけれど、ハマスゲは自分の親を親の仇を見るような目で見ていた。

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