戦争終盤、値踏みの時
「―――」
その瞬間、生まれたのは空白だった。
積年の恨みでも、熟した怒りでもなく、ゾンビのように目の前の標的を殺すためだけに動いていた少女の脳裏に焼き付いたのは、分不相応な少年の必死な顔。
生きるために必死なのではない。
死なないために足掻いている訳ではない。
ただ救うためだと、彼は言った。
恥ずかしくはないのかと思う。
馬鹿なのだろうと確信していた。
しかしここまで来るといっそ気持ちが良い馬鹿野郎なのではないかと思えてくる。
そして。
悪くはないと、そう思う。
……自分は流されているのだろうか。これが欺瞞でない証拠もなければ、ブラフでない確証もない。それを摑むだけの時間もない。だが行動の端々にこの大馬鹿野郎の愚かさが滲み出ていたのが一層委ねてみても良いのかもと思わせる。
殺そうとしている相手に、反撃ではなく回避を試みる点。VRゴーグルを爆弾として投げてこなかった点。メアリーを助けにここに来たと豪語した点。
そして。
耳障りな綺麗事を、一つも口にしなかった点。
やがて。
いつぶりに笑ったか。
鼻から息を吐いて、カタリナは口を動かした。
「……なるほ
『掌握完了。ボス、地下の情報処理権限を一時的に奪取しました』
「あ」
という間抜けな声を出したのは、いっそ結城陸斗の方であった。
先ほどから進行中だったタスク。
会話に夢中で忘れるなど、どれだけ馬鹿なのだと舌打ちしそうになる。
「セレ……ッ‼」
即座に停止コマンドを送ろうとするが、ガヅッ‼ という衝撃に空間が丸ごと軋む。
それは意外な事に、メアリー=ミレディアーナ=クラウド=ブロックバスターによるものだった。
メアリー自身は、もうハードの損傷が激しいため動けない。
しかしまだ動く細胞があったのだ。髪の毛やワイヤーといったサイボーグの特色の強い部位が空気圧によって射出されて。
それが。
次々と。
カタリナ=グラフィックの全身に突き刺さる。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あ」
全てがサイボーグの体という訳ではないだろう。
脳が機能しているという事は血液の循環があるという事だ。せめて心臓は機能しているはずだった。だというのに、胸や腹、腕などに次々と行動不能の状態にあるメアリーの髪の毛に串刺しにされていく。
体への心配ももちろんある。
だが陸斗の頭を埋め尽くしたのは、メアリーに攻撃される前のカタリナの表情だった。
笑っていた気がする。
ほんのわずかに信用してくれた錯覚があった。
別に全てを理解して、納得して、説得されてくれた訳ではないはずだ。
それでも半日くらいなら時間をくれてやる、世界を見てから壊すかどうかを判断してやっても良いぞ。そんな風に言ってくれそうな顔をしていた。
気のせいなんて思わない。思えない。
ほんのわずかに得た些細な信頼を、受け取る事なく裏切った。
「ふ」
その口元の笑みだけで、死んで詫びたくなった。
昏い暗い笑みを携えて、少女は言った。
「……これだから人間は」
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