戦争序盤、言葉の刃
人間の少年ではなく、レーザーのような光線は通路の壁を焼いてしまう。
カタリナ=グラフィックが外したのではない。
結城陸斗が避けたのだ。
セレナとかいう秘書プログラムがハッキングを仕掛けて、サイボーグ部分を操ったなんて安い手品でもない。そもそもそういった事を避けるために、改造部分はアナログな仕掛けを施しているのだから、操作を奪われる事自体があり得ない。
「……なん、だ?」
しかもスマートフォンのフラッシュや懐中電灯がない状況の中、一体どうやって危険を予知したというのか。
いいや、予知できたとしても薔薇の花の攻撃速度そのものが人間の反応速度を超えている。気付いた時には撃ち抜いている計算になる。
そういう風にカタリナ自身が設計したはずだ。
ぷるぷると、奇妙な震えが手に走る。
「どういう事だ……」
「何か不思議でも?」
「どういう事だと聞いている‼ 一体私に何をしたァあ!?」
たった一撃を明確に避けられた。
その事実が頭に限界まで血を上らせ、カタリナの太腿からレーザーの雨が横殴りに乱舞する。しかし乱れ撃ちでも結果は変わらない。
絨毯爆撃のようなそれに対して、結城陸斗は軽く身を捻るだけだった。
それだけで致死圏内の中で安全地帯に滑り込み、彼の体は延命を果たす。
あくまでも涼しい顔で。
「がァあ‼」
「そう熱くなる必要もないよ」
「何を‼ した!?」
「天気予報を引き合いに出すのは、この場所では失礼に値するのかな。それが駄目なら交通渋滞や遊園地のアトラクションの待ち時間、人口密度なんかを例に出せば分かるんじゃないか」
「……な、に?」
「ああ、どれもここでは意味を持たない単語なのかもしれないけど、だけど分からなくても長話には付き合ってもらうぞカタリナ。何をしたって聞いたのはお前の方だ」
メアリーのインストールデータで地上の事はその辺の凡人より知っている。
苛立ちを隠せないまま、カタリナはついに右目に埋め込まれた石から地下生物に命令を送り、オブスの巨体で少年を吹っ飛ばそうとする。
だが結果は同じだ。
オブスの到来を事前に察知され、安全地帯に飛び込まれて回避される。
他の地下生物を呼びつけながら、カタリナは唇でも噛み切りそうな勢いで吠える。
「それがどうした!? 一体何の関係が……ッ‼」
と言いかけてハッとする。
「まさか……」
「まさか? まさかなものか。この世はまさかの連続かもしれないが、この場合は『やはり』が適切だよ」
「ッッッ‼‼‼」
初めて会った時の言葉をそのまま返され、限界以上に血液が沸騰する感覚に見舞われるカタリナ。
どうでも良いと吐き捨てるのは陸斗の番だった。
答え合わせは進んでいく。
「スーパーコンピューターの予測演算か‼」
「生憎、それくらいしか取り柄がないもので」
「あり得ん‼」
「メアリーを作った天才の娘がよりにもよって何を世迷言を。科学者が目で見たものを否定して良いのか」
「全ては計算されている‼ これはそういう話なのか!?」
狼狽した様子でカタリナ=グラフィックが叫ぶのも当然だ。
暗闇でも問題ない。
確かにフラッシュも懐中電灯もない。
ただし、少年の頭には上半分を覆うようにVRゴーグルのようなものが引っかけられていたのだ。軍用品を民間のサバイバルゲーム用にグレードダウンさせた暗視ゴーグル。ただし戦闘の記録用にアクションカメラが取り付けられており、前方を常に撮影している。
ホワイトトゥースでスマートフォンとも繋がっているため、セットのインカムからこんな人工音声が響いて来る。
『前方二歩、左一歩。追加
言われた通りにステップを踏んだ陸斗の右側にアーク溶断光線が迸る。
一秒前まで立っていた場所にカタリナが攻撃を叩き込んだのだ。
「全ての因子を解析する事が可能であれば、ことその瞬間において神すら介在の余地は許されん。……まさか貴様の扱うスーパーコンピューターはそのレベルまで達しているとでも!?」
「だったらお前にハッキングされて無断使用なんかされる訳がないだろう。リペアテレサと接続して演算力を底上げしてるだけさ」
『ボス。相手に手の内を明かす必要性が見えません』
この世に運など存在しない。
仮に一〇〇枚の紙の中に当たりが一枚入ったくじ引きの箱があるとする。正当性を高めるために箱の中身をシャッフルしてくじを引く。一見、くじを引く者は一〇〇分の一の確率に挑戦するように見える。だがくじの入った箱の中身を全て計算する能力があれば話は別だ。
紙のサイズ、箱の振られた角度や運動量、それによる箱の中の紙の動き。あらゆる事象を数値化して、正しく計算する事ができれば百発百中で当たりを引く事ができるという理論。
不確定要素に見えるものは、全て人間が予想し切れない架空の領域が引き起こす必然的結果だ。人間にはカバーできないその空白の空間を計算する事さえできれば。
今の状況は『箱』が地下空間、『くじ』が陸斗とカタリナという訳だ。
「ラプラスの悪魔なんて話じゃない。少しややこしい対人戦を全力で計算してるってだけの話だ、そこまで驚く事じゃない」
「ふざけ……ッ‼」
「もう一度笑えるものなら笑ってみろよ、カタリナ。憎しみなら受けてやる、お前が滅ぼそうとした人間は目の前にいるぞ‼」
「ふざっけるなァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼」
『
呪いのような怒号とサイボーグを前にして。
世界の事情に、天才のエゴに、今にも押し潰されそうな少女に向かって。
思う。
こう思う自分自身が、随分と甘く育ってしまったのかもしれないなと思いながら。
可哀想だ。
救ってあげたい。
……そんな風に思う事は、本当に間違っているんだろうか?
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