ゾンビorサイボーグ





「陸斗、摑まってください」


 だんっ‼ という爆音があった。


 灰色の地面をメアリーが蹴り飛ばし、ジェットロケットのように瞬発的に走り出した音だった。当然、敵が大量に存在する前方ではなく後方へ。


 バイクよりも速く走行を始めるメアリーに片腕を摑まれて陸斗も避難を始めた訳だが、彼はどういう仕組みで地上のセレナと繋がっているのかも分からないスマートフォンに意識を集中させていた。


 理系高校生としては一言申したい気分だったのだ。


「おい自称・優秀な秘書プログラム‼ 気付くのがちょいと遅いんじゃないか‼」


『失礼ボス。改造アプリで無理矢理センサーの役割を果たしているだけのスマートフォンでは感知できるものに限度がありまして』


「確認できた脅威をアナウンス!」


『オーダーを承認』


 メアリーのあまりの速さに、凧揚げの要領で陸斗の足がぶわりと浮かぶ。


 正直この高速移動も怖いが、前を向いていないだけ精神的にはマシだった。それに言うまでもなくメアリーは高性能だ。気分的には絶対に事故を起こさない自動運転車にくくりつけられた感じだろうか。


『分かりやすく、共通認識のある類似生物で説明します。コウモリが三〇〇匹ほど、ライオン三六体、ラーテルに似たシルエットの生物が六〇体以上、その他肉食動物に似た生物を数種類確認できました』


「……比喩表現できるレベルの生物が存在してる……? ひょっとして地上みたいに食物連鎖のピラミッドが地下でも構築されてるのか……?」


『最大脅威と思われるウロコまみれのオブスも二体確認しました。しかしこちらは地上に這い上がって来たものとは二回りほど大きいです』


「冗談キツいぞ、あれより大きいのか……っ」


『ええボス。天井の見えないかまぼこ状のトンネルが埋め尽くされるほどです』


「それより気になるものがある。さて分かるかな優秀な秘書プログラムちゃん」


『ええボス。低知能であるオブスが標的を見ても、フェリネア似のゾンビ嬢に殺到していませんでした。ひょっとしたら何かしらの手段で飼い慣らしているのかもしれません』


「ゾンビ嬢て」


『何か不備が?』


「ないよ。飼い慣らしてるならこっちからコントロールできる可能性もあるかもな、流石セレナ」


『ええボス。何と言ってもボスの優秀な秘書プログラムですもの』


 根に持っているのだろうかと、セレナに設定した覚えのない思考の連結があるような気がして眉をひそめる結城陸斗。


 と、さらに連続してセレナからこんな言葉が飛んでくる。


 滅多にないはずの『それ』は、ここ二日で連続して行われていた。


警報アラート。ノイズを感知しました』


「ノイズっ?」


『ええボス。お忘れですか、最初にこちらに来た時、最初に何に恐怖したのかを』




 背後から凄まじい低音が空間を叩く。

 直後、新幹線のような高速移動物体がメアリーの片腕を弾き飛ばす。




「がう!?」


 直撃の寸前、メアリーが回避行動を取ってくれていなかったら陸斗は即死だっただろう。


 半ば壁に叩きつけられるように体を打ち付けるが、それはメアリーが危険域から放り出してくれたからだ。


 一方のメアリーは右腕にまともに衝撃を喰らっていた。白い髪がバサリと薙ぐ音がする。


「メアリー!?」


「……ノー。主要部分に壊滅的ダメージはありません。平たく言えば問題なしです」


 右腕が丸ごと千切れている、という事はなかった。


 しかし皮膚が剥がれ、電磁性複合細胞がバヂバヂと静電気のような音を鳴らしてしまっていた。間違いなく機能性に問題が出ている、と見ただけで分かるレベルの損傷だ。


「セレナ! 過去のデータと今のノイズを再検証! あいつの衝突してくるタイミングを事前に予測できないか!?」


『いいえボス。どれもパターンがバラバラでノイズ自体も振れ幅が違い過ぎます。一つの衝突物体が高速で移動している、という訳ではなく複数の物体が存在していると思われます』


 メアリーが重心を調整しながらこちらにやってくる。


 彼女は人工音声を出力する。


「……今のもオブスです」


「なに?」


 陸斗はスマートフォンの残りの充電を一応チェックしながら、


「でも地上のオブスは動きがノロかったぞ。さっきのなんか高速道路でしかお目に掛かれない速さだった!」


「オブスは地上では弱体化するようです。地下の生物は地上に上がるとある種の機能不全を起こすのかもしれません。……私も初めて知り得ましたが」


「ならオブスと地下でやり合うのはヤバい。あのゾンビ嬢も少ししか突き放せていないだろうし、もう少し距離を取……っ!」


「突き放すう?」


 人をおちょくるような口調があった。


 まるで勝利を確信しているテストの点数をもったいぶるような、くすくすと必要以上に妖艶な笑みを携えてゾンビが進行方向に立っていた。


「無知だなあ、少年」


「っ!?」


「フェリネアは大切な事を君に一つも教えなかったようだけれど。よくぞそれでここまで乗り込んできやがったなあ‼」


 視界の端で白い翼がはためいた。


 そう見えたのはメアリーの髪の毛だ。扇状に広がったそれは、三〇〇〇もの刃となってゾンビに殺到する。


「また邪魔な」


 一言だった。


 きちきち、ギヂギヂ……ッ‼ と彼女の右足、太腿の辺りから壊れた歯車を無理矢理動かすような音が響く。時速一〇〇キロ以上もの速度で向かってくる髪の毛に対して、ゾンビの右の太腿がガバリと開く。


 そう、開く。


 まるで薔薇の花のように広がった太腿は、完全にサイボーグ化していた。


 コンマ一秒も隙はなかった。


 薔薇からオレンジ色のアーク光線のようなレーザーが炸裂する。


 薔薇の花弁、それぞれから乱舞する光線が弾けて、白い髪の毛を焼き尽くしていく。視界すら埋め尽くされる輝きに、さしものゾンビも目を一瞬だけ閉じた。


 その一瞬を利用して、白い髪を焼かれた少女は再び逃避行を開始した。


 そして目を見開くと同時、ゾンビの少女は舌打ちする。


 再度メアリーと少年に逃げられた。


 しかしそこに不満はない。


 ニタリと笑む赤い石のような瞳は、すでに標的を捕捉している。



「……くっく」






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