次の戦争を始めよう
「そんなの、セレナを上回る高性能スパコンが対抗しているからに決まっているだろう」
フェリネア=グラフィックは、まるで子どもに足し算でも教えるような口調だった。
「単純な話だよ。セレナは確かに優秀な子なのだろうが、せいぜい体育館のハーフサイズ程度だろう? まあ一人のハンドメイドの規模としてはこれでも驚くべきなのだが、別の言い方をすればやはりスポンサーやバックの存在がないとそれが限界ではあるだろう、というところか」
「……俺の娘をハーフサイズとか言うんじゃねえよ」
「許せよ、そうへそを曲げるな天才」
真実が見えていく。
これから先は闇に覆われる側ではない。深い霧の中に潜む何かを探り当てていく側に変わっていく。
「そして君なら分かるはずだ。セレナを破るほどのスパコンがどこにあるのか」
「いいや、その言い方は少し違う」
そこで結城陸斗は口を挟んだ。
高速に頭を回転させ過ぎたためか、じわりと奇妙な汗を頬に浮かせながらも彼は呻くように言う。
そう、実は場所を論じる事に意味はない。
その天才の少年は、自らの足元を親指で差してこう言った。
「この建物、そのものがスーパーコンピューター。……だとしたら?」
にやりというフェリネアの挑戦的な笑みが、陸斗の解答の正否を端的に表現していた。
ただの理系高校生に見抜けるような、安っぽい構造にはできていないはずだ。だというのに見抜かれた。いいや、フェリネア自身、真実を見抜く事に期待を止められなかった。
この少年には、一流の科学者をそうさせる『何か』がある。
「そういう、事なんだな」
「うむ」
「そういう事なんだな‼ だったら合点がいっちまう! これほどの規模、セレナを一切寄せ付けないスペック……こんなのがあれば演算できてしまう‼」
「何がかね」
「その煙に巻くような態度をやめろフェリネア、白々しい‼ 地下の真相を暴けるって言ってるんだ‼」
最も身近なものでいうと、気象予報の雲の動きだろうか。
あれは衛星から観測したあらゆるデータを大規模なスパコンで計算し尽くして、一週間の天気を予測している。地球全体とは言わずとも、日本の上空、またはその周辺を一挙に演算するコンピューターはかなりの大きさになる。
規模で劣ってもスペックを上回るように作ったのがセレナではあるが、それでもやはりこの研究所の大きさにもなれば愛娘は負ける。それが証明されてしまった。
「セレナ、検索しろ!」
『ええボス。キーワードをどうぞ』
「確か俺が小学生、中学生になるよりは前だったはずだ。スパコンの冷却システムが壊れた事によって大火災が発生した案件があった。記者会見が行われてたのが記憶に残ってる。これで辿れ!」
「……そんなにアバウトなオーダーで結果を叩き出せるのか。恐ろしい人工知能エージェントだな」
フェリネアが先ほどから引き攣った笑みを崩さないが、オブスに迫られて思考を巡らせる陸斗は全くと言って良いほど気付かない。
ややあって、すぐに返答が飛んできた。
スマートフォンの画面にいくつかのサイトが表示されていく。
『ボス。こちらでしょうか』
「アナウンス開始。読むの面倒」
『スーパーコンピューター・マザーテレサ。あくまで女性が作ったものなので冠に「マザー」がつくようですが、関係各位からは「テレサ」の名で呼ばれていたようです』
「はっ……テレサ、か。ようやく真実を摑んだ気分だ」
『ええボス。ボスと同じように個人の手で作り上げられたコンピューターのようですが、ボスとは違う点があります。どうやらいくつかのスポンサーがついていたようですね』
「データを見るに、俺みたいに大学の教授に教えを乞うようなレベルじゃなさそうだな」
『ええボス。スポンサーのサーバーに侵入してヒットしました。基本的にバグのないシステムなど存在しません。テレサ側はバグに対する報告義務があったようで、会見を開いた際の説明責任を果たしたテキストデータを抽出完了しました』
「つまり会見を開いた時のバグの詳細って訳か」
『ええボス。冷却システムが壊れたというのは誤情報……というよりも、世間に対する建前だったようです。会見直後、一度「テレサ」は解体されています』
「解体? 本当の原因は?」
『ええボス。処理落ちです。スペック表を見る限り、一世紀以上前に作られたにしては破格のスペックを誇るスパコンですが、流石にガタが来たようです。一度解体し、部品や規模を一新した上で再構築。これを目指すために世間を誤魔化す会見を開いた訳ですね』
「待った、処理落ちしたのか。どうして?」
『ええボス。地下を網羅するように検索、敵性因子の算出、地面の強化工事……どれもこれも地下に対する防衛プログラムを進めていたように見受けられます』
「……、」
「おい待て、私にそんな目を向けるな。人の悪意に慣れてないんだ、軽く泣きたくなる」
「
「なら後は何を聞きたい」
「もう大抵の疑問は消化できた。後はやるべき事だ」
やらなければならない出来事はいくつかあるが、幸い先ほどから明白ではある。
一、オブスに囲まれた現状を打破する。
二、いよいよ地上に溢れ出した怪物どもを行動不能に陥らせる。
三、地下に逆戻りして、メアリーを元の場所に収容する。
四、無事に地上へと帰還する。
一はマスト。
二と三、四は結城陸斗の責任を果たすためのタスク。
「セレナ。タスクを設定」
『ええボス』
「言わなくても分かるよな。やるべき事を見誤っちまうような頭の悪い子に育てた覚えはないぞ」
『ええボス。わたくしもそろそろ我慢の限界です。テリトリーを侵し始めた怪物野郎に反撃と参りましょう』
最後の疑問だ。
フェリネア=グラフィックに向かって、陸斗は向き直る。
ここに来た目的を果たし、次のフェイズへ移行するために。
「フェリネア」
「何かね」
「少しの間だけで良い。俺に譲ってくれないか、あの謎のレアメタル」
「ふん」
鼻から息を吐いて、その少女は纏っていた白衣のポケットに手を突っ込んだ。
中から出てきたのは、陸斗の予想していたものだった。
「よく分かったな、私が持っていると」
「お前、リペアテレサの演算補助受けてるだろ。だから俺達が来るのも予測がついていた。協力関係を結べたらレアメタルが必要になるんだ、持っていない理由がない」
「大正解。良いだろう、託してやる」
まるでコインでも弾くように、フェリネアは親指でレアメタルを叩く。
雑なトスによって宝石みたいな石を受け取り、そのちっぽけな理系高校生は戦う武器を得た。まるでブリテン島を統一した伝説の剣を手にした勇者のような。……王の血統などなくとも、世界の万人に『これ』を言う権利があると、少年は思う。
誰だって、いつだって、どこだって。
どんなつらい条件の下でだって、そう願い、必死に戦う意志さえあれば、本当に誰にだって言える一言だった。
息を吸う。
言う。
当たり前の事を、当たり前に。
「やるぞセレナ。世界を救おう」
『ええボス』
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