リペアテレサ、その正体4



 フェリネア=グラフィック。


 白衣を纏った彼女は陸斗の方にコーヒーを差し出しながら、顎に手を当ててふむと考え込む仕草をする。その視線の先には、周囲をキョロキョロしているメアリーがいた。


「……にしても、ほほう。設計図では拝んだ事はあったがここまでのものかね。人間と相違ないが、強いて言えば造形が整い過ぎだな。これでは見る者によっては見抜かれてしまうぞ」


「設計図?」


「ふうむ。欲情に駆り立てられる馬鹿なオトコもいるんじゃないか? なあどうだ少年、機械だと忘れそうになる容姿でも下半身は反応するものなのか?」


「質問に答えて‼」


 陸斗は軽く叫びを上げて、


「設計図ってメアリーの? 待て、それがこの国際研究所にあるって事は、メアリーはここで作られたっていうのか?」


「五:五といった具合かな」


 フェリネア=グラフィックはよく分からない事を言った。


「設計図はここで作られた。そして結城陸斗クン」


「?」


「一人でスパコンを立ち上げたほどのオタクっぷりを見せる君ならお分かりだろうが、現代の技術では彼女ほどの高性能アンドロイドを製造するのは不可能だ」


「おい待った。どうして俺がセレナを作ったって知って……?」


「頭は悪くないくせに、君は意外とこの世界の事が分かっていないようだね。いいや、自己評価が低すぎるというべきなのか」


「うん?」


「この業界ではウワサの的、という訳だよ。結城陸斗クン、君は成し遂げた事の大きさを一度考えてみるべきだ。……日本人の謙虚さというヤツかね。まったく、つくづく面倒臭い人種だな」


 フェリネアは甘い匂いのする紅茶をすすりながら、逸れかけた話を軌道修正した。


「そう、設計図はここで作られた。そしてアンドロイドは製造され、その少女の形をした無機物は地下へと送り込まれた」


「ああ。地下に送った方法なんかが知りたいトコだけど」


「その辺りは追い追い言及しよう。……そして、これは話の順番が逆なのだ。お気づきかね?」


「ん? ぎゃ、く?」


「うむ」


 陸斗の反応を楽しむかのような顔だった。


 やはり随分と科学者気質が垣間見える。説明したがりなのに、もったいぶられる辺りは専門知識を豊富に溜め込んだ者の特徴ではないだろうか。


 金髪をゆらゆら揺らして、人差し指を軽く振りながら、


「さて、ここで一つ質問だ。根本的な質問だよ。……どうして彼女は作られたと思う? そのアンドロイド少女が人類に必要となったきっかけは何だと考える?」


「……そんなの並べればキリがないんじゃないのか。アンドロイドなんて義手義足にも応用できるし、もっと言えば介護施設にいるだけで人員不足と人件費の問題とは無縁になる」


 たった一秒の間の考察でこれだけ並べられる。


 が、それほど的を外した意見ではない陸斗の言葉を聞いて、フェリネアは浅く、つまらなさそうに息を吐いた。


「今はそんな話をしているんじゃない。桁外れの怪力、不思議な髪の毛、高いハッキング能力を誇る演算力はすでに体験したかね? さ、問題に当てる焦点を変えてみよう」


「……人類に必要のないはずのアンドロイド少女が、必要となって作られた理由……?」


「その通り」


 ようやく素早く稼働し始めたシステムを見るような目で、白衣の美少女はこちらに笑いかけながら、


「本来、メアリーは、メアリーほどのアンドロイドなど私達には必要なかった。少なくとも銃すら持てないこの国では過ぎたオモチャというヤツさ、存在していても扱い切れない」


「……、」


「そうだ、考えると良い。君は知っているはずだ。事前に情報はインプットされている。あとはパズルを繋げるだけだ」


「……一つ、聞かせてほしい」


「言ってみたまえ」


 なまじ頭が良いというのも考え物だ。


 あり得ない。

 初めはそう思ってしまう事実でも、繋がりさえ推理できてしまえば、突拍子もない仮説でも立てる事ができてしまうのだから。


 そう、この質問の答え一つで、頭に浮かび上がる仮説の是非が問われてしまう。


 それでも、結城陸斗は口を動かした。


 目の前に転がる白い真実を、どうしても知ってみたくて。


「……このアンドロイドメアリーは、地下になければならないものか……???」


 真実は、追及すればいずれは手に入る。

 きっと、今がその時だった。




「ああ」




 短い返答の直後だった。


 おそらく、少年が理解したのは、これでもまだ事情の半分くらいだっただろう。だがそれだけで、少年はその場に崩れ落ち、自身の愚かさを嘆くように絶叫した。


 理解して。

 絶叫して。

 後悔して。


 結城陸斗は、叩きつけるようにフェリネア=グラフィックに大声を飛ばした。


「ふざけてるぞ、フェリネア‼」


「あははあ。そこできちんと怒れるのだから、君はまだまだ学生オタクの領域だなあ」


 今にも摑みかかってしまいそうな形相の陸斗に、話しかけてくるシステムがあった。


 メアリーではない。

 それはスマートフォンから響く人工音声、相棒の秘書プログラムだ。


『ボス。一体どういう事でしょう。急に大声で叫ばれましても、わたくしとしても理解が及ばず……』


「うるさいセレナ! 今お前に構っている暇はない!」


「おや、自分で生み出した娘に対して随分と厳しいね。君はそのシステムに頼るしかないのだから、情報共有は何よりも大切だと思うけれど」


「どれだけの天才だ、フェリネア。俺の理解が正しければメアリーを設計したのは世界を天国にも地獄にもできる化け物だぞ‼」


「そんな次元に留まるとでも? 『ヤツ』が今も生きていれば、この時代を古代文明だと評価しただろう。『彼』は時代そのものだった」


「その時代の導き手とやらは、一体何がしたかった!?」


「手を結びたかった。それだけさ」


「……あ?」


 思考に空白が生じた。


 その隙をついて、ポケットのスマートフォンが鬱陶しいくらいに存在を訴えてきた。バイブレーション機能を最大にして震え出したのだ。


『ボス。ボス、どうか』


「ああもう、何だ」


『ボス。出過ぎた真似ではありますが、ボスを守る専属秘書として進言させていただきます。人間だけに許された感情を表に出すのは構いません。誰に糾弾されるものでもないでしょう。しかしどうか冷静に状況を分析してください』


「……、」


『きっとわたくしはボスの力になれます。いつものボスであれば、きっとわたくしを頼ってくださいます。……どうか感情に流されて短絡的な判断をなさらないよう』


 一つ、大きな深呼吸を。


 心を落ち着けて、結城陸斗は唇を噛む。フェリネアを睨みつけるように視線を投げながら、言葉はスマートフォンに向けたものだった。


「……間違っていたら教えてくれ、フェリネア」


「良いだろう。現状では、君は事情の半分程度しか見えていないだろうからね」


 許可をもらうと、崩れ落ちたままだった陸斗は椅子の上へと腰を落ち着ける事にした。


 再びメアリーの隣に座ると、何かしらのケアプログラムが起動したのかアンドロイド少女の手が少年の頭を撫でてくる。


「……少なくともかつて一人、歴史に名を残す天才がいた。この話はこれに尽きるんだ」


 メアリー=ミレディアーナ=クラウド=ブロックバスター。


 このアンドロイド少女の設計者が『そいつ』だ。


 陸斗はフェリネアと話しながらも、スマートフォンに潜む秘書にも説明を加えていく。


「きっとその天才は、誰よりも早く地下空間が世界の真下に眠っている事に勘づいたんだ。そしてヤツはその地下一五〇〇キロメートルに潜む危険すらも理解した」


『いいえボス。それは妙です』


「何がだセレナ」


『実際に地下の存在が懸念されたのは三〇年前の出来事です。正式記録ではスイスの一流大学のスーパーコンピューターが発見したとあります。しかもそれは現時点においても、UFO騒ぎなどと同じく、可能性の話でしかなかったはずです』


「きっとその天才はもっと早く見つけてる。そして世界を混乱させないよう、その存在を秘匿とした」


『……、』


「でも俺達は見つけてしまった。もはや宇宙船だの宇宙人の死体だのがないからって言って、地球外生命体の存在が証明できませんなんて理屈は通用しない。現に今『オブス』とやらが世界を席巻し始めてる」


『ええボス』


 実は謎の生物の死体は世界各地に存在しており、その生命体が宇宙人かもしれないという議論は持ち上がっているのだが理系高校生は知る由もない。


 ……まあそれも、『突然変異の既存生物が死亡して、特殊な死体になっただけだろう』、の一文が議論をぶち壊そうとしているので、やはりまだ確定的な証明は行われていない。


 そして。

 そんな世界を覆す事が今起こっている。


『オブス』と呼ばれる未知の生物が本当に地下から這い上がり、人類に危機を及ぼし始めた。


「……そう、俺達は実際に見た。この足元に眠るあまりにも大きな地雷、その全貌を‼ もう俺達が何とかするしかない、今から世界を動かそうとしてももう遅い‼」


『つまり、こうなる事を避けるために、そのかつての天才は動いていたという事ですか?』


「ああ、そのためにメアリーを作った。そしてどういう方法なのか、その製造したメアリーを地下に送った!」


『何のためにですか?』


「情報処理だッッッ‼ そうだろうフェリネア‼」


 それが一つの答えだった。


 フェリネアから否定の言葉がないという事は、おそらくそれは正解だったのだろう。


「覚えているかセレナ、設計図を知っているフェリネアはたぶん知っているよな?」


「何がかね」


「メアリーは初めて会った時、透明な液体に詰め込まれてた。あれはメアリーを保存するためのマシンじゃない、情報を処理するデバイスを収納する演算スペースだ。液体は彼女との接続媒体デバイスだとすれば」


『なるほどボス。ミスメアリーのボディーサイズでも、わたくしを上回る演算能力を秘めている事は昨夜だけでも実証済みです。しかし』


「しかし何の情報を処理するためのものですか? って質問か。だったら答えは簡単だ」


 これこそが本題だった。

 それに気づいたからこそ、陸斗は崩れ落ちて絶叫する羽目になったのだから。




「……彼女は『防波堤』だった」




「正解だよ、結城陸斗クン」


「手放しで喜べないのがつらいトコだ」


 思わず舌打ちしそうになるのをこらえて、メアリーに頭を撫でられ続ける少年はこう続けた。


「『オブス』をコントロールしたり、地下の技術を操作したり……メアリーの具体的なタスクはいまいちよく分からないけど、確かにこのアンドロイドがあの地下の平和を守っていたとしたら」


 そして事前情報が登録されれば、優秀なセレナもこんな結論を導き出せる。

 スマートフォンから美しい人工音声が飛ぶ。


『つまり、彼女が解き放たれたからこそ「オブス」は地上に芽吹いたという事でしょうか』


「ほぼ間違いなく」


 つまりだ。


 つまり、つまり、つまり。その連続で結論を繋げてきた。やがて、繋がった事実をポツリと一つ、後悔するように噛み締めた。



「……俺のせいだ。彼女を地下から連れ出したせいで、こんな事になっちまったんだ」









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