第三章 人工知能戦争

向かい合うは侵略者




 まず前提から整理しよう。


 メアリー王子に抱えられたままの陸斗姫は、スマートフォンを操作してセレナ専用のアプリを起動する。


「セレナ。言葉を失ってる暇はないぞ」


『ええボス。いくつか興味深い情報がヒットしました』


「報告」


『この街のおおよそ六七ヶ所で似たような物体が目撃されています。いいえ、物体というよりも生物と表現するべきなのでしょうか』


「仮の名前が必要だな。ダンゴムシフィーバー君と名付けよう」


『センスがなさ過ぎます。マンションシューティングスターはいかがでしょう』


「お洒落過ぎる。ウロコ野郎とかどうだ」


『何だか野蛮です。地下の番人はいかがでしょうか』


「こいつ番人って柄か? だったら侵略者で良いだろ。なんか前に花恋がそんな事言ってた気がするし」


『流石はわたくしのボスです。良いセンスですね』


「どうでも良いです、陸斗」



 メアリーから入れられたツッコミも気にしていられない。


 アンドロイド少女の腕の中で眼前の光景に夢中の陸斗に、セレナが次々と情報を流し込む。


『ボス。学校の敷地内にも侵略者を感知しました。体育館が壊される事はまずないと思われますが、校舎の一部が破壊されているのをさらに感知』


「緊急システムを起動、籠城プロトコル発動。お前の判断で避難警報を出せ。まだ八時にもなってない。学校にいる人間がゼロって事はないだろう」


『オーダーを承認』


「……この二日でセレナの緊急システムを二度も使う? 冗談じゃないぞ」


『言っている場合ではありません。ボス、オーダーを』


「まずネットやらテレビやらからありったけ情報を集めるんだ。状況を整理してから総合的にどうするか決めたい」


『ええボス。まず侵略者の数ですが、目撃情報の発信源から六七ヶ所と申しましたが、ひょっとしたらそれ以上という事も考えられます。そして増加する可能性はあっても、減少する事はないでしょう』


「やっぱり地下からか?」


『ええボス。SNSの動画から発見。こちらはご覧になった方が早いでしょう』


 スマホの画面一杯に映し出されたのは、道路の改修がされていた工事現場であった。


 一メートルほどの深さの地面の穴から、まるで水栓の壊れた蛇口の放水のように侵略者が勢い良く噴出していた。ほとんど壊れた水道管のような有り様であった。


 ウロコまみれの怪物を遠目からとはいえ、延々と撮影できた投稿者の努力が報われ、開始一〇分で動画は五〇〇〇イイネを達成しようとしていた。


「……花恋のヤツを馬鹿にできなくなったな。マジで侵略者到来の時代か」


『しかし、ボス』


 一度区切って、セレナは現実的な問題を突き付けてくる。

 秘書が優秀過ぎるというのも考え物である。


『ボスに一体何ができるというのでしょう。そもそもアシのないボスに広い街の六七ヶ所に到達するという事、それ自体が難しいです』


「……」


『それにまもなく交通機関は軒並み停止すると思われます。六七のポイントには鉄道や高速道路も含まれています。時間の増加と共に行動の可能性は減少するとお考えください』


「……確かにそうだな、俺には何もできない」



 その時だった。


 アスファルトを削る豪快な音を響いてきたのだ。鋭い牙をマンションの外壁に突き立てた侵略者が、ずるりとその巨体を滑らせながらベランダを舐めるように移動したのだ。いいや、移動というよりも、屋上に乗り上げるのに飽きたからその場を動こうといったニュアンスに近かったような気がする。


 そして。


 ベランダを舐めるように移動したそれは、もはや立派な災害だった。


 屋上に乗り上げただけでマンションの構造を破綻させる大重量が、まるで横に飛び出した岩場を均すかのようにその巨体を倒してきたのだ。


 そう、陸斗とメアリーのいるベランダごと崩壊させる形で。


警報アラート


「飛びます」


 セレナの警告に返答したのは、陸斗ではなくメアリーの方であった。


 そして宣言通りだった。


 抱えられた陸斗姫は何もできず、メアリー王子のされるがままに浮遊感を味わう事となる。大の男一人の重さを感じさせない軽やかさで月の輝く夜空に向けて、メアリーが跳躍する。


 直後、白い服の少女の髪の毛がぶわりとたなびく。どうやら長さも自由自在らしい。


 魔法か何かのように、純白な髪の毛が高速で飛ぶ。


 外壁の突起物に髪の毛が引っかかり、まるで振り子のように陸斗とメアリーの体が指向性を持った。後はその繰り返しだ。昨夜、地下から戻って来たビジネスビルから飛び降りた時と同様、髪の毛でマンションの引っかかりを摑み、ロッククライミングよりも危うい感じで地面に近づいて行く。


 侵略者には届かない安全地帯に飛び込む。着地と同時、陸斗は求められてもいない感想を呟いた。


「……うえっぷ、ダメだ吐きそう……」


「吐いても構いませんよ。それで私の作った料理を食べられますね」


「人間の胃はそういう風に使うものじゃない」


 部屋の中に引っ込んでも安全は確保されたのだろうが、これから動こうという時に部屋で怯えていても仕方がない。


 陸斗はスマートフォンが壊れていない事を確かめながら、


「話を戻すぞ。確かに俺一人では何もできない」


『ええボス。前提を確認したところで、状況は何も好転しません』


「繰り返すぞ、俺一人じゃ何もできない。だけど不確定因子が加われば?」


『ボス?』


 呼びかけには答えなかった。


 静かに。

 あまりにも静かに、そのちっぽけな高校生は白のワンピースを纏う少女に視線を移したのだ。




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