戦争の合間の平和4



 夕方だった。


 制服の生徒に紛れて私服で下校すると、流石に教師陣からの生徒指導室への呼び出しは避けられないので一足先に学校を離れる。


 時刻を見ると五時を過ぎようとしていた。


 家の近くまでやってきていたが、どうもお腹が空いた気がする。


「……朝に菓子パンを頬張ったくらいだもんな。セレナ、どこかに寄りたい」


『スーパーで買い物でもよろしいですが、近くにハンバーガーショップがあるのを発見しました。駅前のコンビニよりも近いです』


「決まりだな」


 軽食には丁度良い、と陸斗はメアリーに視線を投げて、


「メアリー、ハンバーガーショップに寄って家に帰ろうと思うんだけど」


「ノー。非推奨です」


「非……何だって?」


「非推奨だと申しました。陸斗、そんなの体に良くありません。きっと三日くらい外に置いていても腐らないように添加物てんこ盛りです。摂取する理由が分かりません」


「アメリカの本社に頭を下げに行こうか」


「インストールデータにはそのようにあります」


「そう言ったってな。毎日食べているならともかく、別に軽いおやつ感覚なら大丈夫だよ」


「ノー。非推奨です」


「……やけに頑なだな。そんなの言い出したらコーラ飲んだらミクロ単位で歯が溶けるよ」


「ノー。必要ありません。何でしたら私が作って差し上げます」


「えっいやメアリー料理できるの?」


「ノー。した事ありませんがデータはインストールされています。問題ありません」


「できるのって質問にノーって返したくせに何言ってんだ‼ ちょっ、待ってどうして手を引っ張って家へと案内されて行くのか!?」


「不健康な生活は良くありません。さあ参りましょう」


 アスファルトの上を数メートルほど引きずられたところで結城陸斗はハンバーガーを諦める。これでも食べ盛りの育ち盛りなので、コスパの良い食事がなくなるのはちょっと残念だったりするのだが。


「おい、スーパーには行かないのか?」


「冷蔵庫にあるもので何とかします。冷蔵庫の残り物で手際良く料理をするのが女性としてベストであるとインストールデータに」


「お前にインストールされたデータ、なんか偏ってない?」


「ノー。私に言われても分かりません。ハードはソフトに従うのみですので」



 機械仕掛けのアンドロイドらしい台詞なのであった。


 そういえば彼女からは駆動音らしい音は聞こえないが、一体動力系周りはどうなっているのだろうか……と陸斗も陸斗でオタクっぽい理工学系のギアが上がっていく。


 いつの間にか、メアリーに引きずられる形から手を引っ張られる形へと変化していた。夕陽に照らされて赤くなった歩道を二人で歩いているとすぐに目的のマンションへと辿り着く。


「……サラッと道を覚えていやがる」


「私は優秀です。いちいち検索対象を言わなければナビを始めないデバイスやソフトと同列にしないでください。えっへん」


『ボス。わたくし今ケンカを売られた気がします。買ってもよろしいですか?』


「よせ馬鹿、お前くらい大人になってくれ」



 エレベーターに乗って陸斗の部屋へ。


 と、扉の前に立って鍵を開けようとした段階で少年は首を傾げた。


「……あれ? 開いてる」


「陸斗、きちんと施錠したのですか?」


 隣で白くて長い髪をザラリと揺らしながらそんな風に言うメアリーに頷いてから、陸斗はスマートフォンを取り出す。


「セレナ。外出時のログをチェック。俺は鍵をかけたはずだ」


『ええボス。そして泥棒の類ではありません。来客です』


「……おいおい」


 合鍵を持っているヤツなんて限られている。


 そしてカメラやセンサーが一通り敷かれている陸斗の部屋は、セレナによって常に監視が行われている。つまり、誰かが無許可で侵入すれば即時警告と通報が入るはずだ。となれば、入っても良いと陸斗が許可を出している人間が部屋にいるという事。


「……セレナ、一言くれよ。どうして部屋に大量にカメラやセンサーを設置していると思ってるんだ」


『失礼ボス、暇潰しで作ったカメラやセンサーの無駄遣いですね。ただ、中にいる方は無害ですので大丈夫です』


 扉を開ける。


 暖房がついているのか、わずかに暖かい空気が漂ってくる。


 いくつかloT家電は部屋の中に置いてあるが、陸斗の操作なしでは勝手に起動される事はない。ため息をつきながら、彼は廊下を歩いて奥のリビングに入る。


 照明に照らされていた部屋に、見知った顔があったのだ。


「あっ、陸斗お帰りー」


「やっぱりお前か、花恋……」


 もう一度深いため息をつく。


 キッチンでエプロンを着けて花柄カチューシャの幼馴染が菜箸を咥えながら、お出迎えをしてくださっていた。


 三澤花恋からすれば、歓迎したのに嫌な顔をされたのが気に食わなかったのか、むっと頬を膨らませて、


「なっ、何でそんなに嫌そうな顔なのよ」


「別に嫌って訳じゃないけどさ。そもそも今ようやく学校が終わった時間だろ? 俺は学校が終わる前に校門を潜ったはずなのにどうしてもう家にいるんだよ」


「サボッた」


「……花恋さん? 何だかグレてない?」


「別にー。それよりもうすぐご飯できるから今の内に手を洗って着替えでも……」


 匂いで分かる。


 今晩はカレーらしい。


 パン生地が焼けるのを待っているところを見るに、ナンでも作ってくれているのかもしれない。


 おおーっと陸斗がワクワクし出すのを見ていたのは花恋だけではなかった。廊下からリビングに、ひょこっと顔を出す白いワンピースの少女が一人。


「陸斗、何を話していますか?」


「ふっふ、喜ぶが良いメアリー。今日は世界でうまい食べ物ナンバーワン・カレーだぞ。しかもご飯とかうどんとかのありふれた主食じゃなくてナンという搦め手! これ即ち最強‼」


「そんなにおいしいのですか?」


「花恋の母親のビーフシチューと良い勝負だぞ。カレーに至ってはスパイスがうま過ぎて三杯はいける」


「私は食べ物を必要としませんが、そこまで言うなら食べてみたいです」


「……壊れないよな?」


「はい陸斗。私は設計上、仕様では海水でも真水でも水深一〇キロメートルまでなら耐えられ……」


「もう聞いたよ。つーか一体どんな状況なんだ水深一〇キロ」



 そしてやたらと近い距離で白い少女と陸斗が今にも触れそうな距離で楽しそうに話すのを見て、ちょっと我慢ならない人間がいた。


「……あんのさあ陸斗ォ……」


「かっ花恋さんっ? なぜに睨んでいるのかな?」


「私の作った料理で別の女の子と盛り上がる事に罪悪感とか覚えない訳……?」


「えっ、あ?」


「……ふんっ、別に良いけどさ」



 ボソリと幼馴染が呟く。


 彼女は薄い胸を張って豊満な胸を持つ少女に喧嘩を売った。


「まあ、ほら、だって? 私みたいにその子は美味しい料理なんか作れないし? どちらが面倒を見るのに適しているのか、言うまでもないわよねー」


 あっ、なんかこれ嫌な予感がする、と陸斗は悟る。


 そして喧嘩を買った馬鹿が一人。


「ノー。私ほどのスペックをもってすれば、化学式すら絡まない調理の手順ごときで負けるとは思いません。あなたの下品な宣戦布告に対し、私は上品に手袋を投げつけます」


「い、言うわね……ッ‼」


「ノー。先に吹っ掛けてきたのはそちらです」


「ふ、ふふ」


 頬を引き攣らせて花恋はさらに言う。

 なんか両者の間にバッチンバッチン火花が散っているように見えるのは気のせいだろうか。


「まあ弱い犬ほどよく吠えるわよね。言うだけなら三ツ星レストラン顔負けのフルコースを振る舞えるって見栄を張れる訳だし!」


「ノー。私にはそれほどユニークな機能はありません。できると言えばできます」


「それでも包丁を握ろうとしない辺り、やっぱり口だけのワンコなのかしらねー!」


「陸斗、包丁の場所を教えてください。今から彼女に痛い目を見せようと思います」


「殺人か傷害致死の匂いがするから絶対ダメ」


 髪の毛が風を受けたかのようにぶわりと逆立ったのを見て、確実なストップをかけにいく理系高校生。


「悔しいなら料理で対抗したら良いんじゃないか。俺も三ツ星レストラン並みのオシャレ料理が出てくるならすげえ嬉しいし」


「……陸斗もそれが嬉しいのですか?」


「え? そりゃあ三大欲求の一つの食欲だし」


「ご飯の事しか頭にないのですね。女性に料理を作ってもらえるレアリティなどは毛頭感じないようですこの馬鹿」


「ほんっとそうよね。そこに関しては超同意」


 三秒前まで鋭い視線と火花をガッツンガッツン放って包丁まで飛び出しそうになっていたくせに、共通の標的が現れるとポジションがすぐに変わる。


 いつの間にか二対一である。


 陸斗は話題を変えるために一度咳払いをして、


「で、どうするんだよメアリー。元々料理はする予定だったんだろ?」


「もちろんです。このフットワークと口と共にお尻も軽そうな女性に目にもの見せてやります」


「誰が尻軽女よ!?」


 火に油がハンパじゃない感じではあったが、ともあれ料理対決スタート。




 そして結城陸斗はしくじった。


 メアリーの料理を待っている間に我慢できなくなって、花恋の料理を先に平らげて満腹になった馬鹿は白髪ロングの少女からフルボッコの刑なのであった。



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