トラブルメーカー@本当に機械です




『すでにボスは家に帰っております。花恋様もどうぞ家にお帰りください』


 もはやどのスマホにもインストールされていると言っても良い、短文から長文、位置情報や写真動画連絡先諸々の交換にも便利なために、もうメールなど時代遅れにしたSNSのとあるアプリ。そのアプリの中のアカウントの一つ、『セレナ@ボスの秘書』というユーザーネームから送られてきたメッセージに、三澤花恋は小さくため息をついた。


「あいつ……っ‼ セレナちゃん、あいつ、あの馬鹿一体何をやっているの!?」


『ボスにも色々あるようです』


「その色々が聞きたいんだけど」


『わたくしとしても把握できていない部分が多いため、詳細を伝える事ができません』


 学校からの帰り道、すでに一一時を回った夜道で堂々と歩きスマホを行使する三澤花恋。


 セレナ専門プログラムをスマホにインストールしていないため、女性の人工音声を送信すればすぐに読み込みのプロセスで通信料に限界が来る。


 ゆえに、セレナから送られてきているのは常に短文だ。


 それらをじっと眺めながら、何だかんだでいつものマンションまで帰ってくる。


 セキュリティを突破し、エレベーターで上昇し、そして花柄カチューシャの少女は自分の部屋の前を素通りした。


「……まったく」


『花恋様、どちらに向かわれるのですか?』


「あの馬鹿の部屋以外に何かある?」


『お待ちください今ボスはシャワーを浴びており部屋に現在部屋に入れば半裸のボスと鉢合わせる可能性があるためその行動は非推奨……』


「部屋って単語が重複してる。それにシャワーを浴びてたら鉢合わせないよ。セレナちゃんウソついてるでしょ」


 いつも文章が読みやすいように配慮してくれる優秀な秘書プログラムが句読点を一切つけない辺りで、幼馴染の花恋には全てお見通しである事請け合いであった。


 そして預かっている合鍵で扉を開ける。


 普段はセレナがロックを妨害したり、結城陸斗に開錠の許可を取ったりするのだが、今回ばかりは花恋お嬢様の後が怖過ぎて邪魔ができないちょっと哀れな秘書プログラム。


 そして普段通りに扉を開け放ち、三澤花恋は苦言を呈した。


「陸斗さんったら一体何がどうなった!? こっちはいきなり部室が木っ端微塵になってパニック状態から置いてけぼりなのよ! 今夜はきちんと説明してもら―――」


 そして少女の言葉が急停止した。


 目の前の光景にちょっと追いつけなかった。




 なんか白髪ロングの超絶美少女が裸パーカーという伝説みたいな格好をしていた。


 そしてそんな彼女の背後で跪き、お腹に手を当てて引き寄せつつ、背中をじんわりと見つめるド変態幼馴染兼勇者・結城陸斗がリビングの中央に顕現。




「陸斗、何やら唐突に部屋に侵入してきた可愛らしい少女がこちらを凝視して固まっています。……陸斗?」


 白髪ロングの少女が何だか親しい名前呼びで指を差しつつそんな風に言ってきた。


 ちなみに白髪美少女のお腹に手を当てて背中に顔をうずめていた(大切な事なので二回言いました)ド変態幼馴染(この際勇者とかもう必要ありません)サマは顔を真っ青にして三澤花恋と同じように固まってしまっていた。


 そして氷の彫刻のように固まりつつも、三澤花恋は白い肌を半分以上晒すパーカー少女の言を聞き逃さなかった。


(部屋に侵入っ……っっっ!? となると、なに、何かしら!? 『侵入』という事はつまり陸斗とあの人はこの部屋で常に行動を共にするというか、もう『家』という認識が成り立ってしまっているのね!?)


「なぜか体温が上昇しているようです。陸斗、彼女が知り合いであるのならば何かフォローをするべきでは?」


(それに可愛い! しかもおっぱい大きい‼ ちょっとお姉さん気質っぽくて何アレ年上なのかしらとにかくおっぱい大きい!?)


「……ある一点に強烈な視線を感じます。あれはどういった意図なのでしょう? 私の心臓を狙っているのでしょうか? ……陸斗?」


 そしてグルグルと思考を回した勝手なパニック幼馴染・三澤花恋はこんな風に不満を爆発させた。


「うわーん‼ 陸斗はド変態だし一生彼女とか無理と思ってたら王道に美人と付き合ってたとかなんかムカつくーっ‼」


「テメェ気心知れた幼馴染だからって言って良い事と悪い事があるからな!?」


 リビングから廊下、玄関まで一瞬で駆け抜け、隣の部屋へと逃亡して行った花柄カチューシャ少女に少年の抗議の声は果たして聞こえていたのだろうか。


 そして結城陸斗は膝をついていた状態から崩れ落ちた。四つん這いに近い格好で、思春期の少年はこんな風に嘆く。


「……明日もう絶対ウワサになってる……」


「大丈夫ですか?」


「学校行きたくねえ……っ」


 そしてリビングのテーブルに広げたパソコンからこんな声が聞こえてくる。


 スマートフォンを失ったために今はPCのスピーカーでしか音声を飛ばせない、人工的に作られた女性の声であった。


『お気の毒です、ボス』


「随分と他人事だなセレナちゃん‼ 何で教えてくれなかった訳!? 何だ何だ、これがお偉い学者さんが長年提唱してきたAI反逆説か‼ 人類の危機の始まりなのか!?」


『「作業」が終わるまでは話しかけるなと仰ったのはボスの方です。そもそも半裸の女性といるのであれば鍵は掛けるべきでした』


「玄関の鍵は掛けてたんだってー、合鍵とかあの馬鹿に渡すのが間違ってたんだってーっ‼」


『今仰られましても、ボスの噂話が拡散するのは止めようがありません。わたくしからフォローはしておくつもりですが、ボスが設定したミスメアリーの情報は秘匿レベルが高いため、かなり雑なフォローになる事を先に申し上げておきます』


「セレナにすら救いがない‼」


 と、崩れ落ちる理系高校生の頭が柔らかい感触を感じ取った。


 四つん這いの少年の頭に、人間の女性と何ら変わりのない温かさと柔らかさをしたメアリーの掌が乗せられていたのだ。


 ただ、どうだろう。


 基本というか、前提を見直してみよう。


 そもそもメアリー=ミレディアーナ=クラウド=ブロックバスターが纏っているものは薄手のパーカー一枚だ。やや背の高い陸斗の服を纏っているからこそ、下半身防御も成立していたのだ。だが今や結城陸斗は体勢で言うと四つん這い状態。視線で言えばローアングル。そして右腕が欠けてしまった美少女はマシンであろうがやっぱり美少女なのだ。


 期待値が上昇する。視線を上げる。


 そして不意に視線を上げてしまったのが運の尽きであった。


「……、なぜガッカリした顔になるのですか???」


「いや、これはメアリーが悪いんじゃない。だけど俺は製造者に一言申したいね。何でリアルを追及しなかったんだって、それはもう本気で」


「?」


 そう。


 マシンに排泄機能や交尾の器官を搭載する必要はないのだった‼


「……ま、まあ良い。それよりメアリー、何なのこのナデナデは。ちょっと恥ずかしいんだけど」


「落ち込んでいる男性にはこれが一番効果的だというデータがインストールされていますのでそのように。……ただ、これ以上に効果的であるものは求めないでください」


「?」


 視線を逸らされたが、あまりにもメアリーが無表情過ぎるためにその心情を察する事はできない。


 とはいえ、色々申したい事はあったが、これ以上明日の学校の教室でのクラスメイトに恐怖しても仕方がない。


 立ち上がりつつ、起動したままのノートパソコンに向かって彼は言った。


「セレナ。それで、どうだ?」


『はいボス。確かにミスメアリーから放たれていた妙な電磁波は消失しました。ボスの「作業」のお陰でしょう』


「その電磁波は相変わらず解析不能か?」


『ずっと試していましたが、ろくな方式ではないでしょう。おそらく解析機材が地上では追い着いていないのでしょう』


 そうか、と小さく呟いてから、陸斗はメアリーの方に向き直る。


「……で、その尻尾はどういうものな訳だ?」


「ノー。尻尾ではありません」


 そんな風に言う白髪ロングの少女は、先端がハート状に尖った小悪魔みたいな尻尾をパーカーからはみ出させていた。そしてそれが揺れるたびに太腿や足の付け根がチラチラと露出してしまう。前開きのパーカーも陸斗が念を押さないと閉めようとしないし、ちょっと羞恥心というか貞操観念を何とかしてほしい感じであった。


 地下のトンネルで会った時は、こんなアイテムはついていなかったはずである。


「これは私のボディに搭載されている追尾システム迎撃装置のようなものです。この尻尾が機能している限り、ヤツに居場所を悟られなくて済みます」


「自分で尻尾って言ったぞ今」


「ノ、ノー。そう言った方が分かりやすいと判断しただけです」


 そして彼女の言葉の中に、やはり不穏な単語が一つ混じっていた。


「……そのヤツってのはやっぱり?」


「お答えできません」


『女の子と現実は非情ですね、ボス。ボスが必死で背中のアタッチメント作業を手伝い、挙句の果てに幼馴染にあらぬ誤解をされたというのに、それでも真実には一ミリも近づいてはいません』


「ああ、もうふて寝したい気分だよちくしょう」




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