1-2 ただの理系高校生なんです
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「ほう? つまり何がどういう事だ?」
「分からんのかね馬鹿野郎」
あまりに膨大なデータが壁や天井に搭載されたモニターに表示される。
今となっては随分と型遅れな印象のある画面には、時代の最先端を走っているであろうグラフや計測結果が映し出されていた。
モニターを眺めるのは二人の科学者。
白衣を纏う彼らは、五〇代くらいの男達だ。
「つまり、何だ? 地下にはそんなにとんでもない空間があったと?」
「日本からブラジルまで穴を掘ってトンネルを作れば、もっと詳しい事が分かるかもしれんがね。『マザーテレサ』の仮想領域演算による結果、遷移層からマントル、そして外殻までに『何か』がある、という……」
「所詮はスパコンの演算だ。天気予報の雲の動きや雨量なんかと同じで、一定の割合でハズレが起きるものじゃないか。それを真剣に捉えて語るなど、マヤ文明の予言を真剣に検証するようなものだろう」
「『マザーテレサ』だぞ。どこぞの大学生が作った実験品じゃない、あの電子に愛された神童とまで呼ばれたライアンが作ったスパコンだ!」
「分かってる……。いや待て、待て、待ってくれ」
説得されている側の男は、常に頭を横に振る。
一方で、それに加熱されるように、待てと促された男は声を荒げていく。
「いいか、データを見ろ。君なら理解してくれる。そう信じているから一番初めに君に相談したんじゃないか」
「相談? これが相談か? UFO映像に根拠を与えるような事が?」
「だが事実だ」
端的に告げられた言葉に、思わず頭を抱えそうになる。
「我々の足元にはとんでもないものが眠っているぞ。それも凄まじい地雷だ。いつ踏みつけてしまうかも分からない」
「危険過ぎる……」
「そう、危険過ぎる。獅子を起こす前に新たに眠らせるための麻酔銃を作らなければ。さもなくば本当に喰われるぞ、足元から頭の先まで」
「危険過ぎるのは君の思考の方だ! 一度落ち着け、頼むから‼」
大声を叩きつけたのは、果たして正解だったのか。
両者の間を一瞬で沈黙が埋め尽くすが、叫んだ科学者の方がもう一度データを洗い直す。見つめ返して、さらにもう一度見返す。
やがて、我慢ならなくなったように、彼は告げる。
「……分かった」
「分かってない」
「分かってるさ。だが君の思考はやや血の気が多過ぎる嫌いがある」
「……だったらどうしろと?」
「麻酔銃を作る必要はない。会話の手段を用意しよう」
「おい、おい、おい」
新たな解決案を提示された科学者は、何やら苛立っているようだった。
「いつもそうだ、いつも君は……っ‼」
「平和主義。そう言うんだろう?」
「まったく……」
「だが会話を捨てて行き着く先は戦争だろう? 私達よりも先に住んでいたかもしれない住人を殺害して何になる? 時間がない。準備を進めるためには戦争だけに焦点を当てるべきじゃない。逆だ、友好的に手を取り合って歩みを進めないと」
「未来はない」
大きなため息と共に、男はその言葉の続きを受け継いだ。
仕方がないというように、曲げられないルールに辟易するように、その男は口元に薄い笑みを浮かべながら。
「……どうせ、君はそう言うんだろう?」
1(100年後)
『ボス』
そんな声がマンションの一室に響き渡る。
場所は寝室。
声は人間らしい抑揚ではなく、どちらかと言えばボーカロイドのような合成の人工音声に近い。女性の声の高さに調整されたそれは、もう一度だけ繰り返される。
『ボス』
「んむあ……」
『ボス。ボス、起きてください。現在時刻、八時一〇分。もう起きてくださいませんと学校に間に合いません』
「……むりい……。あと、五分……」
『七時三〇分からずっと同じ事を仰っています』
「……なら聞くが、俺が休養を取れずに体調を崩しても良いのか?」
『答えはもちろんノーですが、先ほどから三澤花恋嬢より連続コールが行われています。繋ぎますか?』
「絶対繋ぐな。おやすみい……」
『しかし』
枕に顔を思い切りうずめる。
言語処理インターフェイス・秘書プログラム『セレナ』の言葉を遮って、このまま意識を心地良い闇の中に落とそうとした。
変化が起きたのはそんな時だ。
あまりにも唐突に、寝室の扉の向こうから非常に暴力的な音がした。なんか靴底で扉を蹴破るような凄まじい音であった。そして強烈な音はさらに続く。騒がしく靴を脱ぐ音、何か物を蹴り飛ばすような音、廊下をひたひたと歩く音、音音音……。それらが少年の聴覚を刺激し、せっかく溢れ出していた眠気が吹っ飛んでいく感覚がする。
「ああ、あああ……」
誰の仕業か理解して、彼は呻くように両手で顔を覆う。
強盗よろしくこんな荒っぽく部屋に侵入してくるヤツなんか一人しかいない。そう、残念ながら寝ボケ眼の少年の友好関係の中には、とんでもない性格の女子がいるのだ。
寝室の向こうから、聞き慣れた女の子の声が飛んでくる。
『陸斗ーっ‼』
「……セレナ、寝室の鍵をロック」
『オーダーを承認』
寝室の扉のロックが掛かる硬質な音が響く。
さらに、壁そのものを揺らすような衝突音が起きた。
『ぎゃあう!?』
「結果を報告」
『正常に扉を押せなかった事により肩から思い切りぶつかりました。怪我はありませんが痛みは二分ほど継続すると思われます』
「……やっぱり花恋の馬鹿か?」
『大正解ですボス』
むしろ三澤花恋のヤツ以外だったら怖過ぎる。
親しき仲にも礼儀あり。幼馴染だからといってもやって良い事と悪い事があるのだ!
『ボス』
「……分かってる、起きるよ。どうせ扉をロックしたままじゃうるさいノックが続くだろうし。セレナ、扉のロックを解除」
『オーダーを承認』
そんな訳で、三澤花恋の幼馴染・結城陸斗はボサボサの黒髪の頭を掻きながら活動開始。
大きなあくびをしながら寝室からリビングに続く扉を引くと、何だか中腰のままぷるぷる震える華奢な女の子が廊下にいた。
制服にショートの茶髪、オデコを全開にした花柄カチューシャの幼馴染・三澤花恋であった。
ぷるぷる震えて肩から扉にぶつかった痛みに耐えているのは一目見れば分かったが、逆に言えば疑問に思う事など一つもない。ゆえに同じ高校に通う少女に、結城陸斗はこう言い放つ。
「おあよー。くああ……」
「軽く挨拶して横を素通り!? 大丈夫かの一言くらいないのかしら!?」
「剣道四段、柔道三段、空手二段、ボクシング準優勝経験アリのお前なら大丈夫だよ。扉の方がよっぽど心配というか」
「徹底的に馬鹿にしているでしょう!?」
「朝からうるせえ……」
陸斗の語気が荒れているのは、やはり熟睡を妨げられたからだろうか。
とはいえ、もう今から花恋のヤツを追い出してベッドにとんぼ返りしたところで、もう一度眠気が溢れてくる気がしない。諦めて学校に行く準備をする事にする。
「陸斗、あなたね! きちんとしなくちゃダメでしょう!」
「そして朝からお説教……」
「ハイこれお母さんが作ってくれたご飯! 夜ご飯の分は冷蔵庫に入れとくからね‼」
「いつも悪いね」
ちょっとした事情で一人暮らしをしている一六歳のイイ身分で、こうして気にかけてくれる人がいるのはありがたい事なのかもしれない。
が、やっぱり我慢できずにリビングに向かう花恋の後ろ姿に苦言を呈す。
「……うん。いつも悪いと本当に思っているんだけど、勝手に作った合鍵で部屋に突撃してくるその破天荒ぶりはどうにかならないのか」
「電話しても起きないのが悪い」
短く理不尽にそう告げられた。
色々と申したい事はあった結城陸斗だったが、大体あの茶髪ショートの幼馴染はあんな感じなので拘泥はせずに洗面所へ。
スウェットのポケットにしまっていたスマートフォンを取り出し、部屋の至る所に設置しているスマホホルダーに突き刺す。
「セレナ。今から学校間に合うか?」
『ボス。壊滅的です』
「間に合うかどうか聞いたんだけど、これってお前の言語インターフェイスが故障した訳じゃないよな?」
『ええボス』
遅刻は確定。
うえーっと舌を出しながら、水道の水をすくって顔を洗う。身だしなみを整えてから前日に準備してあった制服に着替える。面倒なのでボタンは後で留める事にする。
ブレザーを羽織りながら、陸斗は適当に髪を整えて、
「セレナ、昨夜までのデータを出せ。花恋には見られたくない」
『オーダーを承認』
「……、まだ二割も進んでないな」
スマホを見てそんな風に呟く結城陸斗。約五インチの画面に映し出されるのは、青と緑色のラインや点で描かれるデータだ。
解析対象はレアメタル。
まだアンノウンの赤いラインや光点が画面の八割を占めていた。分かる部分は表面だけで、中心を理解しようとすると難易度が跳ね上がっているようにも見える、それ。
三澤花恋が見たら即座に首を傾げそうなその難解なデータは、とある特殊な鉱物を研究した結果である。
『学校が国際研究所からレアメタルを借りられたのは五日間。ほぼ休みなしで解析を続けましたが、未だに芳しい結果を得られていません。そして、今日がその期日の五日目となります』
「……分かってる事をいちいち言うなよ。頭が痛くなるだろ」
『これは失礼、そこまで考えが及びませんでした』
優秀な秘書プログラムを自称するくせに、こういうところは改良の余地アリのセレナなのだった。
活動内容自体は学校の部活の延長線上だ。
結城陸斗が所属しているのは『地球らぼ』という、たった四人しかいない生存ギリギリの部活である。ちっぽけな部活のくせにそれなり以上の成果を出すものだから、調子に乗って国際研究所で保存されているレアメタルの解析をさせてくれと依頼したら通ってしまったのが発端だったか。
「……五日もあればいけると思ったんだけどな」
『わたくしは再三無理だと申し上げました。ヘルスチェックで何度ハラハラさせられた事か』
「学校の出席日数もハラハラだな」
『もう三日連続で授業をサボっておられます』
「担任の先生に会うのが怖い」
『担任の先生もボスのサボリ癖に恐怖している事でしょう』
機械のくせに軽口を叩くセレナに軽く笑って、歯磨きを完了させる。
口の中をすすいでから、スマホホルダーからスマホを回収。制服のポケットに突っ込んでからリビングに向かう。
と、リビングのドアを開けると同時、花柄カチューシャの三澤花恋がおにぎりを放り投げてきた。
「ほれ、朝ご飯。私の手作りに感謝なさい」
「おっと。具材は?」
「鮭」
「さっすが」
好みを把握してくれているというのは楽で良い。たまに私生活で堕落し過ぎていたり、花恋お嬢サマを不機嫌にした日なんかは苦手な梅干しやお笑い番組で時々使われる世界一臭いと言われる魚の缶詰が入っていたりするので要注意だったりするのだが、今日はそういう心配はいらないらしい。
冷蔵庫からペットボトルのお茶を引っこ抜いて、バックの側面に突っ込む。軽く肩からかけて言い放つ。
「それじゃあ行きますか。遅刻だけど」
「くそう、セレナちゃんがもう少し早く玄関の扉を開けてくれていればギリギリ間に合ったかもしれないのに……っ‼」
「いやそもそも朝は家に来るなよ勝手に学校行ってくれよ……」
「ていうかほんと男は朝の準備が早くて良いわよね! 私は最低三〇分は掛かるのにあなたは五分で済ませるんだから!」
「怒るトコなのかそこ……?」
「こっちはいつもあなたのご飯の準備もしなくちゃいけないから一時間以上早く起きなきゃいけないっつってんの‼」
「だから遅刻するくらいでキレないで!?」
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