第10話
9月22日 はれのち ??
いつものお天気お姉さんは今日の天気を告げる。本日は全国的に太陽がさんさんと晴れ渡りさわやかな天気となります。絶好のお出かけ日和となりそうです。
ただし夕斗が望んでいる絶好の虹日和ではなかった。雨が降らなくては虹は出ない。誠彦はそれを知っていながら夕斗に嘘をついた。夕斗が少しでも希望を持てるように。奇跡、そんなものを信じようとしていた。晴れた日に虹がかかるような、そんな奇跡を。
身支度をして夕斗の待つ病院へと向かった。夕斗はきっと心細いに違いない。時刻は昼になる頃で、太陽は残酷なまでに照っていて、とてもじゃないが雨の雰囲気は皆無だ。だが誠彦は病院へ急いだ。夕斗は虹を待っている。今もずっと、病院の窓の外を眺めながら、虹が出るのを。
病院に到着して夕斗の病室の扉を開けた。夕斗はやっぱり窓の外をじっと待ち焦がれるように見つめていた。
「やっぱり雨なんか降らないよ。こんな天気じゃ……虹は見られないよ」ひどく弱気な声を浮かべながら、窓から逸した瞳は、結んだ両手を見下ろしている。
「夕斗、今から庭に行くよ。ほら早く」
「え?何言ってるんだよ」
「虹が見たいんだろ」
「先に下、降りてるから」
そう言い残して急いで病室を後にする。夕斗は一瞬迷ったのち、遅れて後をついて行った。中庭へ出ていく誠彦は、持ってきた荷物を降ろし準備をし始めた。夕斗はその様子を不思議そうに見つめた。誠彦の持ってきたものは巻き取り式のホースであった。
「夕斗。これ持っててくれ」
「う、うん」
誠彦の指示に従い、管の先を両手でしっかりと持つ。誠彦は「準備はいいか?」と、悪戯をする子供のようににやりと笑った。その顔に夕斗の期待は胸まで昇り詰め、両手の指に軽く力が入り、喉を鳴らして指示通りに背をぴんと正して待った。誠彦が夕斗の傍を離れ、二分が経とうとした時。奇跡が起きた。
「うわっ!」
両手の先から勢い良く、大量の水飛沫が散る。霧状のそれらは人口の雨となって空気中を舞っていく。「夕斗!」誠彦が走って帰ってきた。
夕斗の目の前には小さな小さな虹が、霧中を浮かんでいた。
「まさひこ!!虹!虹が見れたよ!」夕斗は心底嬉しそうに叫んだ。その隣に立って、手作りの虹を一緒に眺めた。
「言っただろ。あす、雨が降るって」
「まさひこ、ありがとう。本当にありがとう、虹を見せてくれて。俺さ、ちゃんと手術頑張るから。もう何も怖くない。これからもまた、まさひこやお母さん達と虹を見たいから」
誠彦は夕斗の背中をぽんと一度叩いて、それからゆっくりさすった。
「夕斗なら大丈夫だよ。きっと手術は上手くいく。また一緒に虹を見よう。今度はとびっきり大きな虹を」
10月3日 はれ
俄雨が降った午後一時。地面からは雨上がりの香りがした。それは土の香りと太陽の混じった心地の良い香りだった。土手を歩いていき、木の下のベンチを見つけると元気そうな夕斗はもう既にそこに座っていて、こちらに向かって大きく手を降った。
「おいでよ。こっちに来て一緒に虹を見ようよ」
ふと空へ目をやると、青く晴れた空には大きく虹がかかっていた。誠彦は小さく笑みを浮かべ、湿った地面を一歩ずつ踏みしめた。前髪に張り付く雫を指で払い、虹の見える方へ歩きだしていった。
あす、雨が降る 白宮安海 @tdfmt01
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