第8話
「なあ、夕斗。虹、絶対に見られるよ。絶対に。だから夕斗の手術も絶対に成功する。俺が夕斗に虹を見せてやる」
泣き濡れた頬は風に当たって冷たかったが、夕斗の手を握り返した暖かさに比べたら、何ともなかった。夕斗は瞼を弛ませて頷いた。それからも二人は虹を待っていたが、その日は一日中空に七色は映えなかった。辺りは日が暮れて橙色が、陸橋の先に広がる住宅街を覆い始めていた。
「もう帰ろっか。また今度虹を探そう」と、夕斗が立ち上がって言った。誠彦も賛成して立ち上がる。夕斗が横に停めておいた自転車に手をかけると、ふらりと体勢を崩してその場に倒れた。
「夕斗……?夕斗!」
急いで駆け寄り、体を支え起こすと、夕斗は真っ白な顔をして額に汗をびっしょりとかきながら、苦しそうに呼吸をしていた。
「ぜぇ、ぜぇ」
「大変だ。今救急車を呼ぶから」
救急隊はおよそ8分でこちらに到着するらしい。誠彦は羽織っていた上着を枕代わりにして、夕斗の服のポケットをまさぐり薬がないかと確かめたが、どこにも見当たらなかった。弱々しくなった手を握り夕斗へ声をかけ続けた。
「夕斗、夕斗。今救急車がくるからな、大丈夫だから。落ち着いて息を吸って吐くんだ。大丈夫だ、大丈夫だから」
夕斗は胸を激しく上下させて辛そうに呼吸を繰り返した。8分がとてつもなく長く思える。早く来い、夕斗が、夕斗を助けてくれ!!救急車の音が付近から聞こえてくると、誠彦は叫んだ。
「こっち!こっちです!お願いします!はやく助けて下さい!!」
救急隊がかけつけて、鼓動の確認や処置をして夕斗の体は素早く担架に乗せられる。
「ご家族の方ですか?」
救急隊の一人が尋ねてきた。咄嗟にはい、と言ってしまった。
「いや、違います。ごめんなさい。彼は僕の親友です。お願いなので助けて下さい」
「親御さんの連絡先は分かりますか?」
「いえ、分かりません」
「そうですか、ありがとうございます」
そう言って救急車へ向かう背に向かって思わず声をかけた。
「あの、僕もついて行きます!」
救急車に揺られながら、酸素ボンベを口にしている彼の顔を見た。彼は暗闇の中で闘っている。彼の手を握りしめて誠彦は必至に祈った。お願いします、神様。この子をどうか助けて下さい。お願いします。僕はこの子に、夕斗に虹を見せてあげたいんです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます