第7話
缶コーヒーを両手で、ほんの僅か力を込めて握ると、誠彦は口を開いてぽつりと言った。
「俺の秘密を知りたいか?」
この話を言葉にするのは初めてだった。声を発してすぐに体が震えた。その様子を見て、夕斗は心配そうに手の上に、小さな手を重ねてくれた。
「まさひこが教えたかったら」
少しばかり安堵して、深く息を吸いこんだ。
「自殺したんだ」
「だれが?」
「俺の大切な人。恋人だった。大学生のときの話だ。俺は助けられなかった。ずっと一緒にいたのに、俺はあの子の苦しみを分かってあげられなかった。その日は雨が降っていて、夜は冷たかった。あの子はもっと冷たかったにちがいない。痛かったにちがいない。助けてあげられなかった、……っ」
堰が切れたように、涙が溢れ落ちる。誠彦の心の中には未だに雨が振り続けていた。あの時のまま。
「まさひこ、虹ってさ」
何を言い出すのだろうと、誠彦は思ったが黙って耳を傾けた。
「七色もあって綺麗に見えるでしょう。でも本当は、一色しかないんだって。本当の虹の正体は真っ白な光。しかも、水滴の中は光が反射してて、それがたくさん集まって虹になるんだって。その人、虹みたい」
「虹……」
誠彦は繰り返し呟いた。
「まさひこは何も悪くない。ひとの心の中なんて誰も分からない」
夕斗の言葉に、ほんの少し体が軽くなったのを覚えた。今まで自分を責めてばかりいた。自分がゆりを不幸せにしていたのではないか、彼女をもっと幸せに出来たのではないか、気づいてあげられたら良かった、自己嫌悪、猜疑、罪悪、後悔、呵責……雨粒は色々な感情に形を変えて頭上へと、毎日毎日降り注いでいった。
「ゆり、ゆり」
両手を目に覆い、彼女の名を呼びながらむせび泣いた。すると頭の中に、彼女が振り向いて微笑んできた。それは、彼女と初めて遊園地に行った時の事だった。その時運悪く天気予報が外れて、二人して雨に濡れてしまった。ゆりの下ろしたての白いワンピースも靴も汚れた。それでも彼女は無邪気な笑顔を振りまいていた。大丈夫、私は雨が好きだから。優しい声でそう言った。その後すぐに雨はやんで、陽の光の下に彼女が、出ていくと遠くの方を指差して言った。見て誠彦、向こうに虹が出てる。
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