第4話

「いつもここで虹を探してるの?」

「うん、それだけじゃないけど。ここにいると落ち着くから」

「でも、どうして虹なんだ?」

「虹を見たら、もう一つの夢が叶うんだ」

「もう一つの夢って?」

彼は答えずに、「ないしょ」と言った。

「雨が降らないと虹は出ない。水曜日に雨が降るから、その時を狙ったらいいんじゃないか?」

「えっ、雨降るの!?よし、じゃあ絶対にここに来ようっと。おじさんも来る?」

「俺は、雨の日は来れないよ。それに仕事もあるし」

「雨の日は来れないのはどうして?」

「うーん、言いづらいな。大人には色々事情があるんだよ」

「ふーん」

それ以上は何も言えなかったし、彼も聞いてこなかった。今日は天気予報で一日中晴れの予定だった。だから虹は残念ながら見られないだろう。それでも少年と話すのは楽しくて、時間を忘れて語り合った。話せば話すほど彼は少年に思えなかった。語った話は最近の流行りのつまらない映画についてだとか、今後の日本についてだとか、もしも明日隕石が落ちてきたら何をするかとか……そんな事。結局下らない話をし続けて、日が暮れる前の何とも曖昧な空の頃合いになった。

「そろそろ帰ろうか」

「うん。おじさんありがとう。また会える?」

「雨の日以外なら」

彼はニカっと笑って、小さな特攻部隊の隊員さながらに、りょうかいと額に手をかざした。

「俺はしょっちゅうここに来るからまた会おうよ。おじさんと一緒に虹が見たい」

「話聞いてたか?雨の日は会えないって」

「うん、それでも奇跡が起こるかも知れない。晴れた日にも虹が差すかも」

奇跡か。そんなものなんてある筈がない。晴れた日に虹なんてありえない。春に雪が降るようなものだ。彼の言葉を密かに心の中で否定したが、いわゆる子供の言葉を本気で捉えてはいなかった。

「あ、そういえばおじさん名前は?」

「俺は誠彦」

「誠彦おじさんだね」

「おじさんはやめろって。君は?何ていうの」

「俺は夕斗」

「夕斗ぼっちゃーん」

「ぼっちゃんじゃない、ガキ扱いするな!」

夕斗はムキになって言い返した。

「おじさん扱いもやめろよ。年上は敬うもんだ」

「おじさんくさい」

彼と帰り路につき、喧嘩の現場があった場所で別れた。部屋に戻るとどこか満たされた心地だった。十数年ぶりに笑ったせいだろう。

「奇跡か……」

誠彦は一人呟いて、また小さく鼻で笑った。

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