第3話

随分強い子だなと感じた、と同時に昨日のひ弱な体験を思い出して心底自分を恥じた。

「あのさ、おじさん暇?」彼は言う。

「お、おじさん……?俺はまだ20代なんだけど、一応。まあいいや、暇だけど何」

すると彼はよく磨かれた揃いのいい歯を惜しげもなく見せた。

「え!本当?いいじゃん、俺も連れて行ってよ」

「いいけど……」

「わーいやった。じゃあ早く行こうよ、おじさん!」

「おじさん認定は変えないつもりか」


凸凹に並んだ二人は土手を目指して歩いた。話してみると彼は明るく饒舌で、普通の大人なんかよりも話上手だった。とても小学生とは思えないほど。

「何であの子達と喧嘩してたの?」

「あいつらいじめっ子で有名なんだ。何の理由もなく人をバカにしたり、死ねって言ってきたりする。でも俺はそういう言葉気にしないんだ。そういう言葉を言った本人が一番本人にダメージ与えてるから」

「そっか。強いね君は」

「へへ。でしょ。そんな事よりもっと俺は楽しい事が沢山あるし忙しいんだ。色んなことを考えてたらあいつらなんかに構ってられないよ」

坂道から登って土手に着く。のどかな街の風景が広がっており、歩いていくとゴルフの練習場や、川原がある。

「そういえば何であの場所にいたの?」

「うーん、本当は一人で土手に行く気だったんだ。そしたらあいつらに偶然出くわしちゃって。ついてないよ全く」

「土手なんかに小学生一人で行くなんて今時の子にしては渋いなぁ」

「そう?最近ハマってる事があるんだ。だから」

「ハマってる事?」

「――というか、夢」

その夢は、と聞こうとした所で彼はあっ!と言って前のめりに駆け出して行った。その後について走ると、大きな木の下に設置されているベンチに彼は座った。隣に腰をかけると、彼は前方に広がる川よりもっと遠くの方を見て口ずさむ。

「虹を見ること」

「え?虹?」

「うん、もう一回虹が見たい。それが俺の夢」

そう言った彼の目はさっきよりも断然に幼く輝いていた。彼とは反対に肩を落として、顔を曇らせた。虹なんて見たのはいつの事だろう。はっきりと覚えていない。初めて見たのは恐らく母とだった。それでも今となっては、あの忌々しい雨に降られると虹を見る余裕なんてなく、すぐに屋内に逃げてしまうか、そのまま失神してしまうかどちらかだ。だからまるで乙女のように恋い焦がれる彼の気持ちがすっかり分からなかった。

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