Ep.3 強盗殺人実況中継

 僕の弱気な声に対して、千鳥足でありつつも近付いてくる影があった。


「氷河くん……こんなことに巻き込んじゃってごめんね……」

「えっ……いや、不安になるのは仕方がないんじゃ……」


 赤葉刑事だ。

 僕を巻き込んだことに複雑な気分にはあるけれども。今はそれをどうこう言っている場合ではない。流石にそこまで道徳観を無くしたくはない。

 それよりも、だ。彼女の心打ちは大丈夫であろうか。辛いのであれば、もう少し休んでいても良いのでは。

 赤葉刑事が動くのを止めようとしする前に知影探偵が彼女の意思を真顔で伝えてくれた。


「……ワタシも聞いたけど、氷河くんにも状況を聞いてほしいんだって。強盗犯を捕まえる手掛かりになるかもだから」


 あまりに真剣な眼差し。

 僕は彼女の気持ちに応じるために自身の胸を一回叩き、「お願いします」と礼をする。

 話によれば、彼女は強盗殺人の状況を耳にしている。鴨月が犯人であるかどうかもその話の中で証明される訳だ。

 隣にいた飛鳥警部も「俺にも教えてもらおうか……」と。

 彼女は拙いながらも状況を説明し始めた。


「ええと……状況としてはね……」


 状況に関しては、数日前の夜に始まった。

 一日の勤務が終わり、夕飯の買い物をしながら帰宅をしていた赤葉刑事。そんな彼女にふと声を掛けたのが、高校時代の同級生であり、旧友である鴨月だった。

 「久々だな」と声を掛けられ、良かったら空いている日に飲みでもしないかと誘われた。

 赤葉刑事と鴨月、そして被害者の鳩倉さんはアニメや漫画のキャラクターが好きで高校時代からよく話をしていた。その後も何回か付き合いはあり、大人になってからも誰かの家で飲みをする、いわゆる宅飲みをしてきていた。

 今回も同じ感じで日程を昨日に決め、この鳩倉が住むアパートの一室にて楽しい宴が始まった。

 赤葉刑事も明日は休みとのことで問題なく飲みが進んでいく。しかし、赤葉刑事は実家暮らしで門限があるらしく、夜の二十三時前には帰っていた。

 一旦、話が止まって知影探偵が別の話題を出し始めた。


「門限が早いような……」

「一応、親がいるからさ……夜勤の時はともかく、ただ遊んで帰るのに遅くまで待たせちゃ悪いから」


 普通に話は事件の話に戻っていく。

 帰った後のこと。彼女がまた明日も麗しい日が待っていると信じて眠りについた後のことだ。

 早朝、赤葉刑事は携帯電話の着信音で目が覚める。時間としては、普段起きる時間、六時半だから別に気にはしなかったらしい。知り合いから遊びに誘う電話か何かと思ったらしい。

 電話に表示されていた名前の鴨月を見て、「昨日忘れ物でもしたかな」位に考えていたらしいのだが。

 ただ電話を取った瞬間、彼女は心の芯から体が冷えたそうだ。

 なんたって、鴨月から強盗に入られたとの連絡を受け取ったのだから。

 赤葉刑事は二人の無事を確認してから、「絶対に犯人を興奮させないように。サバイバルナイフを持っている相手にくれぐれも逆らわないように。今は命の方が優先だ」と忠告はした。そして、家からこの現場に車で急行していた。

 鴨月は玄関の近くで震えて、隠れていたらしいが。

 強盗犯が重い声で「静かにしろ! ぶっ殺すぞ」と大声で喚いた、その時。

 鳩倉は「そうはさせるかっ」と通帳を奪われないためにと逆らったらしい。そこで慌てた強盗が鳩倉さんを滅多刺し。赤葉刑事はすぐさま救急車を呼ぶようにと伝え、僕を車の中に連れ込んだらしい。

 飛鳥警部は聞いた情報と現場の状況を照らし合わせていた。


「強盗犯は金もとらずに出て行った……それは人を殺して慌てていたから……か。納得はできるな」

「ですよね……あそこでわたしがもっと強めに止められていれば……助けられたかもなのに……」


 後悔ばかりし始める赤葉刑事。そんな姿を横目に彼は鴨月に近寄った。それから、だ。

 あまりにも近すぎる距離で彼を問い詰めた。


「何で、桂堂に電話をしたんだ。最初に警察に電話をすべきだろう?」


 当然、恐ろしい顔の刑事に詰められたら、恐怖で顔面が汗まみれになるだろう。鴨月は壁まで逃げて、反論を言い放つ。


「いや、警察よりも知っている人の方が早いだろう……警察に通報することなんてそうそうないから……場所だってここを説明して伝わるか分かんなかったし……! 知り合いの警察に相談した方が早いと思ったんだ!」

「……そうか……悪かったな」


 鴨月は飛鳥警部が離れたことに心底ホッとするような表情を見せていた。しかしながら、だ。

 飛鳥刑事の顔は険しいまま。

 僕を手招きして「ちょいと煙草を吸ってくる」と外へ。赤葉刑事は「警部……いつも煙草休憩に行くんだから……こんな時も」と呆れているのだが。

 何かあるな、と思った僕はついていく。


「どうかしたんです?」

「いや、やはりな。鴨月は嘘をついてんだ……」

「えっ?」

「実はさっきの桂堂が電話を受けた時間よりも早く警察に電話が来たんだよ」

「ええっ? 救急車にも……?」

「ああ」


 話から矛盾が少しずつ顔を出してくる。

 なんたって強盗に入られた時点でまだ救急車は不要だったはずだ。記憶が混乱して警察に電話をした順番を間違えて伝えることはあるかもしれない。

 しかし、救急車に関しては変だ。

 なんたって、刺されたのは強盗の電話をしてから、ではなかったか。

 

「……一応、入られた時に鳩倉さんが斬りつけられたとかって言えば、それまでですが……どんな連絡が来てたんですかね?」

「お前が言っているのと同じ話らしい。しかし、おかしいんだ。玄関からまだ血痕は発見されてない……」

「やっぱり、犯人は鴨月で良さそうですかね……」


 あまりにも怪しすぎる。

 ううむ。と考えていたのだが。急に何者かが急接近してくる音がしていた。その姿を確認。

 赤葉刑事はまるで信じられないようなものを見る目。暗く濁った眼だった。


「それって本当なの……?」

「あっ……」


 飛鳥警部は顔を逸らしつつ、唇を噛んでいた。どうやら彼も隠したかったらしいが。

 聞かれてしまった場合はどうすれば良いだろうか。

 悩んでいる合間に赤葉刑事が首を横に振る。


「そんな訳ないじゃない……だって……もし鴨月さんが犯人だったとしたら、どうしてわたしに助けを求めなかったの? 鴨月に襲われている、助けてくれ、と言うはずでしょ……? そうはさせるか……なんて言わないでしょ」


 目力が強くなる。そうでしょと僕に信じ込ませるような意見だ。確かに間違ってはいない。その不自然を無視して推理を進めたら、冤罪を生んでしまうかもしれない。

 彼女は再度、強調する。


「言わないでしょ……?」


 刹那、気付いたのだ。僕は赤葉刑事と相対した、と。

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