Ep.26 少女は籠る

 被害者は何度も金槌で殴られたことによって、殺された。ただ犯人にはほとんど抵抗はできなかったと思われる。

 咲穂さんの部屋と比べても部屋に争った形跡がない。あるとしても割れた湯飲み位だ。

 後はカウンターからお湯が出ていた位だ。


「あれは……犯人が出したのか? お湯が出てたけど」

「安倉さんに凄い掛かってたね。犯人が殺した後、何かを洗い流そうとしていたとか……?」

「洗い流すって何を……? それに洗い流したところでお茶の粉じゃないんだから下に残るでしょ。本当に被害者の頭から何かを洗い流そうとしていたとしたら……風呂場に運ぶんじゃないかな?」

「確かにその方がいっか……だとして安倉さん自体がこんなことをしたとして、何の意味があるのかな……分かんないなぁ」


 結局、安倉さん自体が何をしたかったのかも分からない。

 ただカウンターに置いてあった皿と口の中に入っていた太くて大きい海苔からして何かを食べていた、そんなことだけだ。

 娘を失ったばかりの父親は哀しみすぎて、お腹が空いたのだろうか。そこを食べていたところで殺害されたのか。

 まだまだ分からないことは多い。

 推理を進めているうちに隣にいる彼女が「あっ!」と大声を出した。暗闇の中、何かを見つけたようで。


「あそこ!」

「ど、何処……僕には何も……」

「そっか。この視力、あたしだけだもんね」

「そういや、見る探偵を自称してたよね……で、見えたの?」


 彼女は夜眼が良いらしく、遠く離れた鳥山さんを見つけたようだ。


「待って! 鳥山さん!」

「い、いや……いや……」


 怯えている鳥山さん。友人が殺害されたのだ。それでいて、あの停電。事件に慣れている僕等はともかく、女子高生にとってはあまりにもショッキングな出来事だ。

 混乱するのも無理はない。

 ただ、だ。このまま山を下りようだなんて考えは危険すぎる。


「待って! そっちに行っても結局降りられない!」


 それでも鳥山さんは坂を利用して勢いよく走っていく。待ってと告げてもスピードは上がるばかり。僕の声など聞こえていなかったようだ。

 宮和探偵が勢いをつけ、坂を飛んだ。


「宮和探偵!?」

「どうなったって、構わない!」


 ダイナミックな跳躍とは裏腹に彼女は勢いよく坂を滑り落ちていく。


「宮和探偵!? 大丈夫!?」


 ただ転んだ距離はそこまで大したこともなかった。頭も怪我はしていない。だからすぐに尻に付いた泥を払って、また走り出す。

 僕の体力とは全然違う。雨の後の酷い足元をうまく動いて、何とか鳥山さんに追いついていた。

 あまりの速さに追いつかれると思っていなかった鳥山さんはその場に手と膝を付けていた。おめかしした服が汚れるのにも関わらず。


「凪ちゃん! 落ち着いて! ここまで来れば、まずは犯人なんて来ないから!」

「……で、でも……でも……」

「水の音でも聞いて、落ち着いてよ」


 近くには小さなため池があった。魚も手に取れそうなところで泳いでる。何だかキラキラしている。こちらが出しているスマートフォンの光を反射しているらしい。

 そんなため池に落ちないようにと気を付けながら、僕も動く。鳥山さんの前に立って、大丈夫であることを伝えていく。


「今は犯人は追って来てない。犯人は僕達じゃない」


 彼女はすぐに自分達のことを懺悔し始めた。


「で、でも……ワタシ達は貴方達を……危険な目に遭わそうとした……怒ってないの? 殺してやろうとか思わないの?」


 僕は首を横に振る。


「そんなこと思ってない。殺人なんかで、簡単に物事が解決する訳なんかないんだよ。恨むことはしても、せいぜいそれだけ」

「……本当に?」

「それにさ、自分達は回転寿司館にそこまで精通してないんだ……凶器が欲しくても、包丁なんて手に入れる術もないし……。蟹江さん達もわざわざ僕達に包丁や金槌のありかなんて教えないだろうし」

「でも持ってきたかもしれないし……」

「それまで僕や宮和探偵、あの刑事も君達のやろうとしていることを知らなかったし……」

「ってことはワタシだけか……金槌持ってきたの……」


 どうやら物騒なものを持ってきていたらしい。

 金槌。確かに持っていても、何か工作に使いたい。修理したいからなどの理由があって持ってきてくるなど理由はたくさんある。

 宮和探偵は少々鳥山さんが怖くなったのか、目的を聞いている。


「それってやっぱ、こっちの命を狙うため?」

「いや……そうじゃなくて……実は金槌を持ってきてくれって言うのは、浅場さんから頼まれてて……」

「浅場さんから?」

「いや、頼まれたというか……金槌が足りないって話をしてて。それでお手伝いできないかなぁって思って」


 金槌が足りない。そこから何か気付けることがあると察した。

 しかし、その前に鳥山さんが大声を出して僕達の考えを吹き飛ばしていく。


「あっ! そうだ……戻れば……あそこがある!」


 勢いよく体を翻し、今来た道を引き戻していく鳥山さん。あまりの急展開に目が回りそうな僕。宮和探偵も「えっ!? えっ!?」と今度はこちらがパニックになっていることを声で表していた。

 何はともあれ、彼女を追うしかない。

 何をしようとしているのか。


「次にワタシが狙われてるんだとしたら、ここはダメ……ここは絶対……絶対証拠を残さず殺せちゃう……もし殺せないとしたら……部屋の中……!」


 部屋の中に隠れようとしているらしいが。

 彼女の元いた部屋だったら逃げる必要はないのでは。その上考える。もう一度停電が起きたら犯人は入り放題だ。

 宮和探偵が心配事を伝えていく。


「で、でも停電とか、マスターキーとか使われたら……!」

「それは大丈夫! マスターキーと鍵をワタシが預かる。あの部屋だけは鍵か、中からのセンサーだけだから、何とかなるはず……!」


 その場合なら中でセンサーを動かさなければ。じっとしていれば大丈夫。

 停電が起きても鍵が必要だ。

 彼女は思い付いて早速実行する。まるで咲穂さんの想いをそのまま受け取ったかのような強引な行動だ。


「マスターキーは僕が持ってるけど……」

「じゃあ、それ貸して! 後は!」


 彼女は一旦、回転寿司館の一階まで戻る。そしてある部屋の鍵を持って、二階へと急いでいく。


「じゃあ……助けが来るまで……わ、わたしはここにいるからね……警察が来たら二人が教えてね。それまで絶対に出ないから」


 彼女は二階の部屋へと入り込む。

 ただの寝室だった。ありふれた、ただの寝室。あるのは枕とベッド位。後は簡単なインテリアだけだ。


「じゃあ、おやすみ……」


 彼女はもうそこへ入れないようにと鍵を掛けた。

 何だか僕は不思議な感覚に陥っていた。目の前が暗くぼんやりする。眠気ではないと思いたい。

 宮和探偵はただ残念そうに喋っていた。


「あの子は警察が来るまでそっとしておこっか……できればあたし達を信用してほしかったんだけどね」

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