Ep.13 探偵の暴走

「……波佐見です。まさか、何かこういうところに呼ばれるとはなぁ……はははっ……早く終わらせてゲームでもやりてぇ……」


 波佐見に対して、宮和探偵はすんとした澄ました表情で質問をし始める。


「さて、今までここで貴方達が十一年前に起こした子供の連れ去り騒動についてお話を続けてきました。そして、そこから兄貴がひき逃げ事件を起こしてしまったことには原因があるんじゃないかと考えております。弁護士側はそれを立証しようと思います」


 波佐見は何を言われているのか理解できずポカンと口を開けて立ったまま。


「原因って……? いや、あれは連れ去りとかじゃなくて……」


 途中しどろもどろになって自分のやってきたことに対する悪意を否定する場面もあったが。


「氷河……な、何なんだ……? 何をすれば……」

「今は波佐見の昔の話について責める場ではないんだ……ただ、その事故の日に起こったことを話してくれれば……」


 僕の一言に奴は落ち着いてくれたようで。泳いでいた目をストップさせて、証言を始めてくれた。


「……本当、ただついてきちゃったってとこはたぶん、今場も話してたんだろうな……その日は確かに女の子を追い掛けてったよ。先に今場が転んで泥だらけになったってのも本当だ……で、先に行ったんだが、その女の子見失っちゃったんだよな……」


 今度は宮和探偵が彼の言葉を反芻することによって問い掛ける。


「見失った?」

「そう速すぎて……本当勢いよく急斜面を降りてくからさ……追い掛けたくても、追い掛けられなかったんだよ……下手に全速力で行くと、今場のようになっちまうしさ……」

「へぇ……」

「これで証言は終わりか……?」


 ただ宮和探偵は首を横に振る。サッカーボールを突如として、画面に映し出したのだ。何を意味しているのか分からず、また法廷の中が騒めいていく。

 僕も後から気付いた。

 まさか彼女は本気で波佐見を犯人として告発する気では、と。


「まだ、です。このサッカーボール、見覚えはありませんか?」

「へっ? いや……まぁ、何処にもあるだろうよ……」

「あの日、秘密基地にあったものだとしたら……?」

「何が言いたい?」


 彼女は弁護士席よりもずっと前に顔を出して、彼を問い詰めるような真似をした。


「あの日、貴方は女の子の背中目掛けてサッカーボールを当てたんじゃないかって疑惑があるんです。それが違うと証明する手段はありますか?」

「えっ……マジで……おれ、そんな話で疑われてんの……?」


 呆然とする。当然法廷がまたも騒々しくなるが、止める気力が起きなかった。

 それよりも、だ。目の前にいる宮和探偵の暴走が見て取れた。彼女の頬から汗が垂れ始め、誰よりも必死なことが伺えた。


「さぁ、思い出して! その時のことをしっかり! 言えないのなら、それで否定して!」


 何だか異常だ。波佐見が一番犯人に当てはまる人間だったとしても、その責め方はおかしくないだろうか。

 ふと考える。

 もしや、宮和探偵は裁判自体を復讐に使おうとしているのではないか、と。

 学級裁判として皆の目線がある中で奴が自白するのを狙おうとしているのではないか、と。

 宮和探偵の醜い一面が僕の前に広がっていく。探偵としての行動のつもりで最悪な選択を始めている。もしも、これで波佐見が無実だった場合、とんでもないことになるのだ。


「……そんなこと言われても鮮明に覚えてねぇんだよ……」

「秘密基地の下にある道路で女の子の遺体を見たことも覚えてないんですね?」

「いや、見てないぞ……見てたら、きっと発狂ものだからな……」

「じゃあ、サッカーボールを蹴ったことは?」

「それは小さい子にサッカーを教えるためのものであって、別に……そんなことに使わねぇよ。人にサッカーボールを当てるなんて使い方しねぇよ!? 信じてくれよ!」


 早く宮和探偵を何とかしなければ。

 宮和探偵は大切な人の真相を証明するためか、前が見えなくなっている。今すぐ彼女を探偵として殺さなければ。

 方法としては彼女が発言したことが起こっていないと証明するだけだ。

 簡単だが。裁判長の役割である僕が言ってしまっても良いものか。首を傾げた瞬間だった。


「待って……! それっておかしくない?」

「な、何……?」


 宮和探偵にストップをかけたのは検事役の知影探偵だった。知影探偵はいつになく真面目な顔で異論を唱えていく。


「げそこんって知ってるでしょ?」

「あ、足跡のことよね……?」

「たぶん限界まで女の子に近づかなきゃ、絶対に当てられないと思う……だって、高校生じゃなくて小学生か幼稚園かの狭間の子供のキックよ。そこまで強くもないでしょうし……」

「うっ……」

「そのギリギリの距離まで歩いていたんなら、間違いなく足跡が残るんじゃないかしら……? そんなものは当時の捜査で見つかってないのよ」

「た、確かにそうだけど……」


 知影探偵が更に説教を始めていく。


「焦ってるみたいだけどさ……後、そんな真実でいいの?」

「えっ?」

「最初に目指した真実はそのお兄さんがひき逃げをして、そのままブレーキもせずに動いたのがおかしいから絶対にお兄さんが犯人じゃないってことじゃない。このままだとお兄さんがひき逃げをしたことには代わりがないし……何故そのままひき逃げをしてブレーキをしなかったのかも分からないままだよ?」

「……そ、そうだけど……」

「もうちょっと力抜こうよ……弁護士だからって絶対に真犯人を見つけなきゃって訳じゃないんだし……ここは学級裁判なんだから……もっと楽でいいんだよ」


 宮和探偵はしょんぼりとした顔になる。どうやら僕が何をしなくとも、落ち着いてくれたみたいだ。

 波佐見はただただ驚いているだけ。そんな彼に一応、僕は聞いてみる。


「あのさ……当時、秘密基地には何があったんだ? スケボーみたいなのはあったのか?」

「いや、あったのは拾ってきたすげぇ大きな木材……みたいなものだったかな……たぶん、トラックか何かが落としたものなんだろうけど……三人でえっさほいさ運んでさ……近くに洞窟みたいな場所があってさ……そこに入れてたんだよ。今はもう崩れて入れないんだけど……」


 スケボーなどで足跡を残さない方法があったのであれば、と思ったが。違ったよう。

 考えている間に知影探偵が宮和探偵に確かめた。


「これで証言は全部?」

「えっ……まぁ……」

「じゃあ、最後の答え合わせしちゃおっか。今までの裁判全てが裏返る答え合わせだよ……」

「えっ?」


 またも騒めく法廷内。今度は何とか「静粛に」と言えたのだが。

 僕は何故彼女が真相を知っているのかと頭が真っ白になるばかりだった。

 

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