Ep.3 あの人が来ない

 と言ってもただパニックになっていては、簡単な事件すら解決できない。もう一つ聞いてみることにする。

 日差しが眩しいことからして、事件から一日は経過していることは確か。手元に置かれていたスマートフォンでも昨日が違う日付であることが確認できた。ふと、ここで気付いたことがあるけど、それは後で考えることにしよう。

 時間が経っているのであれば、警察の捜査も進んでいることだろう。明らかなことだとは思う。


「で、そうそう、あの家の持ち主は……」

「残念ながら、前の人が引っ越していってからは誰も住んでない空き家なんだよね。犯人や被害者がそこに生活してたって様子もないし……」

「つまるところ、手掛かりは……いえ、もしかしたら、行方不明になっている男の人の写真とかってありません? あれば、もしかしたら手掛かりに」

「そうね! やっぱ、頭いいー! じゃあ、取ってくるからその間に医者の先生に、と」


 赤葉刑事が去っていくのを見送ると、次に医者が毎度の検診を。医者がどうたらこうたら言っているが、聞いたことのある話。

 それよりもスマートフォンから分かったことがあったため、そのことについて考え込んでいた。

 何故、知影探偵からのメールが一つもないのだろう。

 なかったとしても見舞いには来ているのではないか。前回の入院だって騒がしい位に声を掛けてきたし、最近は遊びに誘ってくる回数も多くなってきている。それなのに人が入院しても全くの音沙汰なしとは、気になるものがあった。

 それとも単に家の用事だとか。自分にもまた別の用事があるし、自分が入院していることなんて夢にも思ってないのだろうか。

 後は実は親が探偵を許していなくて、ついに僕に会うことすら禁止されただとか。低い可能性ではあるもあり得ないとは言い切れない。

 検査中もずっと知影探偵の顔が僕の頭に浮かんでいた。

 検診から戻ってベッドで寝ている時に気が付く。僕、彼女のことを考え過ぎではないか、と。何だ、これが恋か? いや、恋は違う。恋の場合はとても暖かい。いや、彼女のことを考えると心が冷え込むとかそういう訳ではないのだけれども。


「ねぇ」


 そこで女性の声。やっと来てくれたのか。何だろう。安心する感じがするなぁ、別に意味がある訳ではないだろうけれど。軽い笑顔で出迎えようとする。


「知影探偵……やっと……えっ?」


 期待外れの更にその先へ。

 相手は僕の苦手な陽子刑事である。彼女はじっーとこちらを睨み付けている。


「何が探偵だ?」


 病人である僕に配慮など存在していない。顔を近づけてくる。詰め寄ってくる。


「ちょっ……!」

「何が探偵だって聞いている? 私は刑事でアンタに話があんだよ……!」


 気持ちを切り替えて話をしなければ。


「何ですか?」

「お前、また事件に絡んだんだよな?」

「今回は通報しようとして、襲われたんです。それとも何ですか? 死体になりそうだからって諦めて、逃げれば良かったんですか?」

「……悪かった、その点について、お前はただ善良な市民の行動をしたってだけだな」

「そうですよ。分かってくれれば、いいです」


 ただ彼女はこちらの言葉に押し負けてはいなかった。予想通りの忠告をぶつけてくる。


「ただ、幾ら自分が被害者だから、相手に報復したいからって、探偵のような真似事はくれぐれもするんじゃねぇぞ?」

「は、はい……」

「まぁ、もし、お前じゃねえとダメだって誰かが指名しようものなら、考えるかもだがな」


 誰が僕を事件の捜査に加担させるだろうか。いや、一人、赤葉刑事がいるけれども。彼女は赤葉刑事にとっては考えるまでもないことらしい。

 すで違うことを想像しているみたいだ。


「で、十分ですか? 陽子刑事。何か考えたいのなら、外の方が……それともずっと見張ってるおつもりですか?」

「そうしたいんだが、忙しくってな。残念だ。ああ……そうだ。それだけじゃねえんだよ。一応、お前にもう一つ、さっきの知影探偵について聞けって、言われてたんだ。ったく、他の奴等、自分達じゃなくて私達の方がお前と話せるだろって回してきやがった。こちとら話したくもねぇってのに! 赤葉でいいだろうが! アイツで!」

「はっ?」


 何故、彼女の名が出てくるのか。すぐに答えは出た、と言っても彼女の口からではない。町の広報から、だ。


『行方不明者のお尋ねをします。昨日から十代の女性の行方が分からなくなりました』

「えっ?」


 身長や服装のことに関して話されていく度にこちらの顔が冷えていくのが分かった。全て、昨日の知影探偵の特徴と一致する。

 まさか、いなくなったのは知影探偵だと?

 肯定したのが陽子刑事だ。


「そうだ。いなくなったんだよ。ってことで母親から連絡があってな。まっ、女子最学生が親に何も言わず一晩位どっかにいるってことはあるみたいだが……あの探偵はどうやら毎日親に連絡していたらしくな。それすらなくて……それに加えて、この前の事件にお前が見つけた事件……不安になってすぐ行方不明の届けを出したって訳だ」

「ま、まさか……」


 何故、いなくなった……?


「で、お前、最後にあったんだよな? 何か変わった様子とかはないのか?」

「家出する様子とかもなかったですよ……何か自殺するとか、そういうのも全くありません! 心当たりなんて、全く……!」

「まっ、女心と秋の空、何があるか分からんが……まぁ、一番危惧しているのはもっと違うことだろうよ」


 この世界は無情だ。

 だから、今、知影探偵がどうなっているのかすら全く分からない。生きていてほしい。今、近くに潜んでいますよね? 公園で単に寝ちゃっただけですよね? まだ、近くにいますよね? 驚かせようとしているのでしょう? 分かっていますよ?

 声にしたかった。信じたかった。

 だけれども、恐ろしさで口すら動かなくなっていた。

 最中、廊下でとんでもない音がした。何かががしゃんと壊れる音と女性の怒鳴り声、だ。運んでいる何かに当たって、ぶちまけたのだろう。ナースに怒られている人がいる。「ごめんなさい」と言うのは、赤葉刑事か。

 陽子刑事は頭を抑えて、「何やってんだ……」とそちらの方向を見に行こうとするが。そんな彼女にぶつかりつつ、部屋に入り込んだ。腕を痛める陽子刑事に「あっ、ごめんなさい!」と謝ってから、こちらにスマートフォンを提示した。


「た、大変! 氷河くんも陽子刑事も聞いて! 犯人から……電話が来たの!」


 僕と陽子刑事は共に「何っ!?」と病院を追い出されそうな程の大声を轟かせてしまった。

 

 

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