Ep.9 仲間じゃないです。下僕ですから

 知影探偵は僕の返答に三秒位、固まった。当然、以前からの知り合いを犯人扱いされたと思った彼女は騒いでいく。


「ちょっと!? どういうことなのっ!? あの容疑者の中に犯人がいるんじゃなかったの!?」


 酷い焦りようにこちらの精神が削られそうだ。彼女が春日井を失いたくない気持ちが分からなくもないけれど。

 仕方がないから、彼女に事件の真相を全て伝えることにした。もう証拠も揃っている。今はもう名誉棄損だと訴えられることもないだろう。

 

「実は……」


 僕は全て教え込むと、彼女は目をつむる。黙り込んだと思いきや、いきなり喋り始めた。


「分かった……そういうことだったんだ……自首って……うん。ちょっと、このことに関してはどういう罪に問われるかは分からないけど……たぶん、大丈夫だよね」

「はい」

「じゃあ、推理ショーやるのね」


 僕は頷いた後、最悪の事態に気が付いた。僕と言うか、探偵の存在を嫌う陽子刑事がいる。証拠の関係でこの墓地から犯人が出る前に推理ショーをしなければならないのだが。ここで僕が推理ショーをしても、陽子刑事に妨害される。

 その間に逃げられてしまったら、証拠を消されてしまう。


「でも、陽子刑事の前じゃあ、推理できないし……どうするか」


 悩んでいる最中、知影探偵の声が飛んできた。


「じゃあ、その役、ワタシにやらせてもらってもいいかしら?」

「えっ?」

「陽子刑事が問題なんでしょ? それなら、ワタシなら何とかなるかも。取り敢えず、今教えてもらった推理で納得できるし……確かに氷河くんのものを勝手にあたかもワタシが推理したかのように使うのは色々あるけど……」


 彼女は彼女でプライドとかが許さないのだろう。しかし、今はそうは言ってられない。

 僕は推理に爽快感など求めてもいない。ただ間違った捜査で傷付く人がいるのが嫌なだけだ。無実だと言うのに冤罪を掛けられることが気に食わない。誰であれ、この事件を正しい方向で解決させてくれれば、それでいい。

 頭を下げた。


「知影探偵……お願いします。推理ショーをお願いします……」

「分かったわよ! まぁ、ワタシが押し切ってやるわよ! 追い詰め切ってやるんだからっ!」

「ええ……で、でも陽子刑事にはどうするんですか? どうやって……」


 彼女がどんな策を持っているのか尋ねようとしたところで、陽子刑事と容疑者三人、春日井やお坊さんが寺から出てきていた。


「おい……さっきもよくも事件現場の中を駆け回ってくれたな。何がしたいんだ? お前は……」


 陽子刑事がこちらを威圧するため、心臓が委縮する。更に知影探偵がどう出るかも分からない。失敗するかどうかの可能性も未知数なため、小さくなった心臓が大きくなったり、更に小さくなったり。心臓がいきなり止まってもおかしくない位の状況だ。

 そこで突然、知影探偵は小さな声で「ごめんね」と僕に囁いた。何をするつもりかと思った瞬間、彼女の強気な声が夜の闇に響き渡る。


「残念ですね。刑事さん……それは氷河くんの意思なんかじゃなく、ワタシがやらせたこと。文句を言うのなら、ワタシにしてくれる?」

「ああ……? 確かお前も探偵だったよな……? こんな場所で何をしているんだ? 誰が捜査していいと言った!?」


 まだ彼女が僕に謝った理由が分からない。その間に「もう帰っていいのかな」と言っている人達を春日井やお坊さんが引き留めていた。赤葉刑事もやってきて僕が事情を説明すると、容疑者に「ちょっと聞きたいことがあるんですよ。待っててくださいね」と言ってくれた。警察の力なら効力もあるに決まってる。これでひとまず安心だ。

 そこでやっと発言した知影探偵。彼女がした謝罪の意味が分かった。


「仲間が死んでもいいなら、捜査の参加に大歓迎……そう言ったのは、確か、陽子刑事でしたよね?」

「うぐっ!?」

「ワタシとその亡くなった他の人とはほとんど無縁の存在。たまたま仲間がいただけです。ですから、そもそもワタシには仲間と言うものもいませんし……そこにいるのは仲間と言うより、まぁ、下僕ですね」


 ……先程の謝罪では足りないような気がする。僕を勝手に下僕扱いしたことに対して、もっと詫びてほしいな……って今はそんなことを考えている場合ではない。

 陽子刑事が納得しているかどうかを確認しなければ。


「……ちっ……人の言うことに揚げ足を取りやがって。捜査中に誰かに殺されたって、お前の遺族や仲間、誰にも文句は言わせねえからな。覚えとけ! 伝えとけっ!」


 何とか、認めたよう。許可をもらった知影探偵は笑顔で語り始めた。


「ええ。では、推理ショーを話していきますね。はい、そこにいる容疑者の人達もご注目! 探偵知影が推理ショーをご覧にいれてみせます!」


 知影探偵の発言に三人の容疑者が震えていた。その理由を最初に発言したのが、檜鼻さん。


「おいおい……いい加減にしてくれよ。警察の捜査に付き合っているだけでも面倒なのに……それでいて探偵がって。ふざけんな! 素人探偵に首突っ込まれて、冤罪とかになったらどうすんだよ!」


 赤羽さんも「そうよそうよ! 事件現場も見てないのに!」と彼の言葉に同意していた。知影探偵は自分の推理に関しての自信を見せつける。


「それだったら、後で名誉棄損の請求でもしてください。冤罪だった場合、幾らでも謝罪するわよ。どう? これ以上、話すんだったら。もし、完璧な推理を見せつけた時、お金払ってくれる? 例え、アンタが犯人じゃなくても。それ位の自信をワタシは叩きつけてるんだから」

「うっ……そこまで言うのならっ!」


 檜鼻さんが押し黙ったところで、知影探偵は事件の概要を語り始めた。


「乙骨さんが溺死させられた事件についてのまずは事件から。警察の見立てでは、四人での法事が終わり、墓参りが終わった後、彼女は何者かに襲われて殺された。財布などが消えていることから、被害者は強盗と接触し殺された……。しかし、状況が何かおかしい。強盗犯としたら溺死させるような長い時間を使いたくないはず。最悪石で殴って終わらせられるはずです。長い時間その場にいたら、誰かが来て自分が捕まってしまう可能性がありますから」


 僕は「そうですね」と頷いた。知影探偵は得意顔で続けていった。


「だから、犯人は溺死で殺したい理由があったんでしょう。例えば、十何年前に亡くなった友人の敵討ち、みたいにね。それなら、ここにいる三人の中に犯人がいてもおかしくないわよね?」


 葉加瀬さんは自分達の中に犯人がいるかもしれないと言われて、ギョッとしていた。


「ちょ、ちょっと待ってよ。敵討ちって……。そ、そうだ。おかしいんじゃないか? だって、聞いた話によると被害者が殺されたのは自分達が居酒屋にいる間でしょ……? 三人の中にいないんじゃ」


 思い通りの反論。ここでどう返すべきかも知影探偵には教えてある。


「何故、殺害されたのがその時間だと? まだ死亡推定時刻もハッキリ出ていないんでしょう?」

「それは、そこの二人の目撃者の」

「その二人の目撃者なんか、アテになるの?」

「えっ!? い、いや、彼等は事件とは関係ないんじゃ! 被害者を殺害する動機なんてないし! 何で嘘を!」


 慌てふためく葉加瀬さんに彼女は堂々と言葉を叩き付ける。


「嘘を付く必要があったんですよ。そして、その嘘から何故三人の中に犯人がいるか。そして、犯人がどんなアリバイトリックを使ったのかを教えてあげましょうか!」

 

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