Ep.12 我儘王子

 部長が毎度のようにふざけているから、拒絶している訳ではない。この事件に、その容疑者に真剣な思いを持っているから、近づいてもらいたくなかったのだ。

 彼のノートを見て、ハッキリ分かった。彼は真面目だ、と。今も部長は騒ぎ立てる。


「お、おい! オレはプラムンを助けようと思って! それに氷河の調べものを手伝おうと思ってるだけだ! こんな探偵みたいなこと、やめたいんだよな!? 早く終わらせたいんだよな。お前の苦手なものを少しでも……」


 懸命に僕を助けようとしていたと主張するみたいだが、それは大いなる勘違いだ。今、一番嫌いなのは探偵なんかではない。

 部長だ。

 もう僕の自制心は壊れていて、口から出る暴言を止めるものはいなかった。


「それが迷惑なんです! 僕が嫌いなものは殺人犯、その犯行を隠す人も同じく嫌いです! 部長のことですよ。僕のためを思うなら、帰ってください!」

「何だよっ! その言いぐさは! プラムンは犯人なんかじゃねえって!」

「だから、そう主張するのなら状況的や部長の考えではなく、証拠をくださいっ! 殺人犯の自白でもいいですからっ!」

「い、いや……それは」


 「うう……」と汗だくで唸る部長。そうだ。彼は以前、僕に対してお前のことは信じていると告げた。僕への信用は梅井さんの信用よりも上なのか、下なのか教えてもらうことにしよう。


「部長、僕を信じるんですか? 梅井さんを信じるんですか? どっちにするのか、教えてください。遠慮なく。部長が梅井さんと言っても気にしませんから」

「どっちもだよっ!」

「どっちもじゃダメですっ! どっちか一つを選んでください!」


 彼は欲張るも僕が認めない。これで部長が僕を選ぶのならば、共に捜査を頼むこととして。もし、梅井さんを選ぶのであれば、家の中に引き籠ってもらうようにお願いしたい。

 だって……悲しいではないか。

 本当に梅井さんが犯人だとしたら、部長はその事実に衝撃を受ける。自分の信じていたものが分からなくなってしまうだろう。それより家の中でテレビも見ず、閉じ籠っていれば、安全だ。何も知ることができないから心に負担を掛けずに済む。


「オレは……オレは……」


 答えは出るのか。彼が口を開こうとした、その時、近くにいた月長さんが割って入ってくる。彼女は手を叩き、僕達を諫めようとしていた。


「ちょっとさっきから聞いてたけど、喧嘩? 喧嘩はやめやめ! これ以上は優花が許さないよ!」


 今、聞きたい言葉が出るところだったのであるが。

 止められた部長の方も困惑している。ただ、その代わり、推理に関するアドバイスをしてくれた。


「とにかく、探偵なら見ればいいじゃない! そのノート! プラムンが犯人じゃない証拠は出てこないかもだけど。逆にプラムンが犯人って状況証拠が出てくるかもしれないでしょ!」


 梅井さんを犯人にされたくない部長はそんなことを言う彼女に抗議する。


「えっ! 月長さんもプラムンが犯人じゃないって言ってくれないんですか!? プラムン弁護協会の仲間じゃないですかっ!」

「優花、そういうのにいつから入れられてたんだろ。でも、そうじゃないよ! プラムンを守るために説明するんだよ! ノートの中身をずっと見てたら、考え方変わるかもしれないし」


 僕は「そんな訳ないですよ」と言おうとしたところで更なるアドバイスが入った。


「いや、美樹が残したメッセージの意味も分かるかも!」

「あっ……そうか」


 部長は僕とのいざこざに一時停戦をして、こちらにノートを見せてくれた。部長も月長さんも僕の横に立って、分からないところがあったら説明してくれると言っていた。

 手掛かりになるかも、と思い、僕は「私を嫌わないで」のところから確認させてもらう。その曲に関しての記述は、題名通りのもので激しい曲調とサビの転調が溜まらないと書いてあった。

 そこはどうでもよい。気になったのは名前だった。

 作、梅井。編集、荒山。

 荒山の名前があった。犯人は梅井ではなく、荒山のことを指していたのか。そう考えて、題名が滅茶苦茶長い曲も確かめる。

 そこには作、梅井とだけ書かれていて、荒山の文字は何処にも見当たらない。不思議に思って、部長に問い掛けた。


「これって、どういうことです? 荒山さんは……」

「ああ。荒山はこの曲の編集をやってないんだ。時々あるんだが。彼女一人で勝手に曲作って勝手に編集してってのがあってな。イラストも彼女が書いてんだぜ。この曲」

「じゃあ、この曲が示してるのは梅井さんだけ……?」


 その疑問に素早く「違う!」と叫んだのが月長さんだった。


「この曲、三年半前位の日付があるでしょ」


 僕が確かめて、「本当ですね」と反応した。一回、高校生の時から音楽を出していたんだと感心するも、別の違和感に気付く。

 

「あれ……その日付って……」

「あの事故の直前。美樹が面接に行く前……事故に遭う前に作った曲だよ。美樹も喜んでいた。自分をモデルに……他とは比べないでって曲を」


 部長はタイトルの『私と他の人を比べないで、私は一人で私、他の人も一人で他の人、全然違うのだからちゃんと見分けてよ。パパ、ママ』というところを口で呟き、その後に月長さんの話をノートに書き留めていた。


「これは尾張さんが一人で歌のデビューができるって願って作られた曲だったんだな……」


 話は納得できた。しかし、そうなると非常におかしい。


「……って、そこで尾張さんが被害者のメッセージじゃないでしょう。被害者が尾張さんなんですから……」


 被害者が自分の名前をダイイングメッセージにすることなんてあり得ない。部長も月長さんもその真実を前に「おかしいよねぇ」とぼやいていた。

 どうやら提示された動画に関する人物を表している訳ではなさそうだ。そもそも、この音楽には梅井さんが作ったということ以外共通点がない。もし、それで梅井さんが犯人だと示したいのであれば、メッセージは一つで良いのではないか。 

 何故、二つも音楽を出す必要があったのか。

 そもそも殴られ、苦しんでいる中、わざわざ細かい操作をしたのは何故なのか。犯人に消されないためのメッセージを作るのであれば、そもそも彼女自身のスマートフォンを使うのがおかしい気がする。梅井さんが犯人なら、それを持っていけば良いだけ。そこに幾らメッセージを残したところで意味がない。


「ううむ……」


 と考えたところで突然、後ろからクラシックの「運命」が流れ出した。ギョッと驚きながら後ろに振り返ると、そこでは月長さんが電話を取っていた。


「あっ、うん。今、プラムンち……ちょっとね。今、探偵さんの調査、手伝ってるとこ。じゃあね」


 彼女が話している最中、ふとあることを思い出した

 電話を切ったところで僕は、辺りのクローゼットを開け始めた。部長が「おい! 何を!?」と言っていたが、この動きは止められない。事件を解決するために必要なものなのだから。

 たった今閃いた僕の仮説が正しいとすれば、あれがないはずだ。クローゼットにも洗濯機の中にも、干してある洗濯物中にも。

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