探偵が終わったら、死んでやる

夜野 舞斗

デッドエンドから始まる物語

 死んだはずの彼女は今もなお、スマートフォンの向こうで新たな言葉を紡いでいる。死して、


 電灯が切れた真っ暗な地下通路。どぶの臭いで鼻が曲がりそうだ。ついでに心地まで悪いものだから、心臓の鼓動が嫌になる程響いている。

 恐怖、悲しみ、怒り、喜び、期待。全ての感情が一気に僕の心へ入ってくるものだから、脳みそが壊れ始めようとしている。

 当然のこと、感情のコントロールもできていない。泣きたくなくても涙が出て、笑いたくもないのに笑い声を発してしまう。


「あはははは……うぐっ! うっ! うがぁっ!」


 何度も嗚咽おえつして、胸にあるものを吐き出しそうになる。

 必死に手で口を抑え、感情をき止めた。そうでもしないと体内の器官が飛び出していただろう。

 スマートフォンの優しい光が僕の靴を包んでいた。そこから聞こえるのは、死人の声。そして、大切な親友の言葉であった。


『確かに死んじゃったけどさ。お願いだから、泣かないでよ! 君の泣き声なんて聞いてられないよ!』


 画面内で笑っている女の子。

 凛々しい顔付きに腰の辺りまで伸びた黒髪。ミステリアスな雰囲気が漂いつつも、いきいきとした姿が可愛かった。

 名前は石井いしい美伊子みいこ。彼女。正しくは彼女そっくりの存在は画面の向こうで元気に喋っているのだが。

 彼女は人間ではない。造り物の彼女いわく、本物の美伊子をベースにした虚構の存在、だそうだ。

 そう言われても納得はできない。流れているのは彼女特有の大人しげでありながら、芯のある声。滑らかに口を動かすところを見ていると、どうしても彼女が死んでいると思えない。

 誘拐された先で会話だけ許されているような、この感じ。感覚から導き出されるであろう答えに期待を持つこともできるが、彼女の生存説が本当だと突き詰める術がない。

 もしも、本当に死んでいたとしたら、希望を持った時点で終わり。真実を知った時点で死よりも恐ろしい絶望が待っているのが目に見えた。

 

「美伊子……本当に死んでるんだよな」

『そうだよ。もう私のことは諦めて。だけどさ、こうして話せてるのは奇跡だよね。あっ……ごめん。ずっとこうして話してたいんだけど……ダメだ。もう今日は時間がない……』

「あっ、美伊子!? 美伊子!? 待ってくれ!」


 彼女が映っている画面は点滅し始めたかと思うと、消えてしまった。

 午後八時。彼女が僕と話せる時間は終わりを告げた。今度話せるのは明日の三時から四時までと放送予定の欄に表示されている。

 何でだよ。何で友達と話すのに、制限が必要なんだ。そもそも何で彼女が死ななければならないのか?

 原因は明白。アイツらのせいだ。

 僕は体に湧き上がる全ての感情を怒りに集中させる。全身が火照って、決意が胸に宿った。

 

「探偵をこの世界から、消してやる! 全て! アイツらの全てを奪ってやる! もう事件現場でも、この世界でも好き勝手はさせないからなっ! 覚悟しとけよっ! 探偵どもっ!」



 大切な彼女は電脳世界に住む幽霊となった。

 悲劇の発端ほったんは四時間前。僕達は知らず知らずのうちに地雷を踏みつけていたのだ。 

 



 

 

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