第2話 アクシデントから始まる一日(とてもながい) その①

 よっこらしょ。(お師匠さまは羽のように軽いのですが、私は羽も満足に持ち上げられないほど貧弱なのでした。)

 なんとか背負ってみますが、ふらついてうまく歩けません。寝ている人ってこうも重いんですね。


 さて、この空間から出るのはとてもかんたん。そもそもめんどくさがり屋なあの人が作ったのですから、入退室に煩雑な手順はいりません。入ってきた時と同じ場所にある、魔法陣に手を触れればいいだけ。早めに脱出を……って、あれ?


 私は小首をかしげました(実に女の子らしく!)。

 魔法陣がありません。私が入ってきた場所は、間違いなくここだったと思うのですが。ええ、私は決して方向音痴ではありませんし、そもそも一本道……この聖堂の入り口から、まっすぐお師匠さまの寝ていた祭壇まで歩いただけなので、迷う余地もないはずなのです。


 だというのに、そこに出口はありませんでした。


「……閉じ込められた?」


 まさかまさか、そんなそんな。

 偉大なる魔導書図書館の司書の魔術が失敗したなんて、そんな馬鹿なことがあるでしょうか。

 

 未だに目を覚まさないお師匠さまを一度床に降ろし(もちろん柱にもたれるように)、私はその近辺をくまなく探し回りました。

 嫌な予感、というのは、往々にして的中してしまうものなんですよね。ええ。

 

 どこにも、出口まほうじんはありません。

 というのが、私の出した結論でした。いったいどうしてしまったのでしょう。


「……おはよ、リリス」


 私が考え込んでいると、ふと後ろから声がしました。お師匠さまが目を覚ましたのです。


「ええ、おはようございます、お師匠さま。……出口はどこですか?」


 そうです、すっかり忘れていましたが、ここには術者本人おししょうさまがいるのですから、聞いてしまえばいいのですよ。


「……でぐち?」


 寝起きのせいか、イントネーションがおかしいのはほっておいて。


「出口、です。私には見つけられなくて」

「……ないの?」

「ないんです」

「へぇー……ないんだ」


 ……本当に嫌な予感がしてきました。私は基本的に、お師匠さまの魔術の腕は信用しているのですが、その魔術の腕というのは、彼女も人間である以上、その時その時のコンディションに左右されるわけでして。


「……忘れちゃったかも」

「何をですか」

「出口。作るの。ふぁあ~」


 ふぁぁ~……あ、あくびが移ってしまいました――ではなく。

 オイ。


「今、なんと?」

「だから作るの忘れちゃったって」

「はー……キレそう」


 うーん、久しぶりにブチキレそうです。マジに。

 国家機関ナメてんでしょうかこのガキ。十五歳でドチャクソかわいいからって調子乗りやがって、私がどれだけお偉方に言い訳してやっていると思っているのでしょう。挙句の果てには起こしに来てあげたというのに監禁ですか? えぇ?

 ――おっと、いけません。はしたないところをお見せしました。あ、右腕に無意識に溜まった魔術エネルギーが爆発しそうなのでちょっと待ってくださいね。


「……リリス、怒らないでね」

「え? 無理」

「ひぃん……ごめんなさい……」


 今ならびんた一発で許してあげられるような気がします。


 ……怒るより先に、解決策を考えないといけませんね。

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