邂逅 ――次々に新しいアイディアを駆使し、東に迫る

 東さんに協力を申し出てから三日が経った。私が『クラウドハウス』、今回のクラウド施設に私が命名した名前だが、その設計に勤しんでいると、慎蔵先生が慎二先生を伴って私の部屋にやってきた。

「大仕事を引き受けたんだって」

 慎二先生が心配そうな顔で聞いてくる。

「まあ、私自ら売り込んだんですけどね」

「それで一週間で基礎設計をするって聞いたけど。大丈夫なのかい。うちの病院のSEの話では五~六人のチームでやっても二、三か月かかると言ってたよ」

「まあ。何とかなります」

 事実、クラウドハウスの基礎設計は既に終わっていた。


「どうしてできるのかは聞くのは止めとくけど、そんなに根を詰めて身体は大丈夫かい。手伝えることがあれば手伝うんだが」

「では、手伝いではないですが教えてください。あの柴田さんという秘書は相当の切れ者だと思いますが、どのような経緯で先生の秘書をやっているんですか?」

毬恵まりえさんか。彼女は優秀だ。四年前の丈晶の選挙のときに、いきなり事務所に現れて手伝い始めたんだ。その前は大学を卒業して、東京の大手コンサルティング会社に勤めていたらしい」

「コンサルティング会社か。似合いそうですね」

「実際、かなりの実績を上げていたらしいよ。それを五年で辞めて地元にUターンして、丈晶の仕事を手伝い始めたんだ。詳細な経緯は分からないが、お父さんが経営する会社が倒産したと言っていた」

「ふーん、じゃあ家族と一緒に暮らしてるんですか?」

「家族と言っても、両親はもう亡くなっている」

「そうなんですか。いや、あの日の夜に設計スケジュールの提出を求められて、すぐに作って送ったら、それに合わせてきちんと進捗確認が来ます。朝は体調の確認や不足する情報や経費の確認で、夜は工程の進捗確認とまったく隙がない。よっぽどこういう仕事に長けているのかと感心しています」

「そうだな。選挙に関わる人たちの管理から、お金の管理、スケジュールの管理、みんな彼女が一手に引き受けてる」

「大変ですね。正に東事務所の大黒柱だ」


 私が感心していると、慎蔵先生が横から口を挿んできた。

「ところで、専門的なことは儂には分からないが、何か柊さんを手伝うことはあるかい」

「もう、こうやって養ってもらってるだけで、私にとっては凄い助けになっています。だけど、もしお願いできるならば、やって欲しいことが一つあります」

「なんだい」

 慎蔵先生が嬉しそうに乗り出してきた。


「東さんの事務所の人たちの様子を観察してきて欲しいんです」

「なんか心配事でもあるのかい?」

「おそらくこの前説明したことは、次の発表で東さんの政策の柱になります。柴田さんはそういう仕事はきっちりやってくれるでしょう。しかし、後援会長を始め、他の支援者の方は私のようなどこのどいつかも分からない者に、大事なことを託すのは心配だと思うんです。その動きが強いようなら対策が必要になる」

「なるほど、それはあるかもな」

 慎二先生はポンと手を叩いて、うんうんと頷いた。

「それはみんなが柊さんのことを疑うってことかい」

 慎蔵先生は思慮深げな顔で私をじっと見つめる。

「はい、ある程度は仕方ないことだと思います」

 全てマイクロチップがインターネットを通じて集めた、社会学、心理学、そして選挙に関する新聞記事を分析して得た結果だ。

「分かった、儂に考えがある。そのことは儂に任せてくれ」

 慎蔵先生は何か秘策があるのか自信ありげに言い切った。


 東さんの事務所で提案してからきっちり八日目の朝、私は四つの計画書を持参して東さんの事務所を再訪問した。事務所に着くと柴田さんが出迎えてくれた。

「お疲れ様です。今日は主な支援者たち二四名が集まっています」

「そんなに! 驚きました。これはかなり吊るしあげられるかな」

 私は集まった支援者が肯定的に来たとは思えなかったので、覚悟を決めた。やはり、素性の分からない者の夢のような提案には、簡単には乗れないのだろう。


 会場に着くと約三分の一が女性であることに気付いた。感情的に来られたら辛いなと思いながら「よろしくお願いします」とあいさつをして席に着く。今日は机の配置が変更され、私の席の周りをぐるっと取り囲むように配置されていた。

「それでは、富士沢クラウドハウスの建築基本計画書からご説明させていただきます」

 集まった支援者たちは真剣な眼差しで、ぐっと身を乗り出している。

「今回の計画では、この建物が一番の売り物となります。場所は旧市民体育館の跡地となります。まだ市の保有不動産で特に再活用計画のされていない遊休地です。ここに地上七階地下二階の規模でビルを建てます。特徴は地震対策として震度七で崩壊しない免震構造をとることです。更に最上階は停電後四八時間千台のサーバーが稼働可能な自家発電設備を設置します。これらの充電には屋上に取り付ける太陽光パネルを使います――」

 私は約十五分間機能の説明を行ったが、皆の真剣な顔つきは変わらない。続けて費用の話を行うことにした。


「建築費用はサーバー、ラック等の機器も含め全部で約四十億円になります。今ご説明した機能はどれも欠かすことができない費用のため、七階建てのビルとしては少し割高感があるかもしれません」

 大きな投資額を聞いても誰も何も言わない。説明をさせるだけさせて、後で総攻撃が来ることを予想しながら次の説明に移る。


「次にクラウドセキュリティシステムの構築計画です。物理的な人の侵入に対する警備については、先ほどの建築計画で触れましたので、ここでは割愛させていただきます。さて、セキュリティソフトですが、ウィルスパターンについては大手のセキュリティソフトメーカーと提携を結び、情報提供契約を結びます。それ以外の第三者侵入等については、この度クラウドハウス用に新規開発したソフトウェアで全てシャッタアウトします」

 私の手製ソフトを使うと言っても反応が薄い。きっとデジタル的な知識が少ないからだと思った。


「つきましては、費用も手ごろとなります」

 ここでもまったく反応がないのが不気味だった。

「それでは運用計画について述べます。基本的にこのハウスの管理は人が行いません。AIによって半自動で行います。停電、機器の故障、ウィルスの侵入、第三者の無断侵入など全ての場合においてAIが判断し、適切な対応をとります。このAIについても私の手によるもので――」

 私の説明は誰からの質問もなく淡々と進む。


「最後に事業計画の説明です。確かに新しい施設は一地方都市としては、大き過ぎる投資かもしれません。事実クラウドハウスができても、すぐに市民生活に恩恵は来ません。そこで、もう一つサービスを立ち上げます。事務処理のアウトソーシングサービスです。通常のアウトソーシングサービスは、会社に出社して行いますが、富士沢市は市が持つクラウドネットワークを駆使して、オフィスを持たず基本的に在宅で行います。つまり東京の企業の事務処理業務を富士沢で行っても、問題ない働き方を生み出すのです」

 いったん説明を中断し、周囲を窺うが特に質問もなく、熱心な顔つきで続きを促すので、再び説明を再開した。


「ここで提唱する働き方は、日本の特に産業面における新局面を打ち出します。東京一極集中を打ち破るのです。これが現政策である医療サービスの拡充と、教育改革と結びついて、富士沢市は新しい地方行政の在り方を示すことができます。そしてそれは三年以内に結果が出ます。三年目の事業収支をご覧ください。本事業の拡大と共に税収が跳ね上がり、市の財政は大幅に黒字転換し、国の援助は必要なくなります」

 ここで、一部の人から、ホーと感心するような声が漏れた。


「もちろん、市役所の事務処理も大半が在宅で行えるようになります。それは何を意味するかと言うと、住民票を取ったり手続き申請を行いたい市民も、在宅でサービスを受けることができるということです」


 全ての説明を終えると東さんを手始めに大きな拍手が起きた。予想を覆す賛意の高まりに驚いてしまった。

「皆さん、いいんですか?」

 私がおずおずと訊くと、一番前で聞いていた老婦人が言った。

「もちろんよ。みんながあなたを信じてるから」

 その老婦人は、私を熱い眼差しで見つめてくる。


「そうだ、俺も母ちゃんに柊さんは信頼できる人だと言われた」

 今度は正面の中辺に座っている男性が声を張り上げた。

「私も任せられる」

「俺も――」

「私も――」

 支援者たちは次々と立ち上がり私のプランに賛同してくれた。


 予想もしなかった支援者たちの賛同の声に、ポカンとしていると、柴田さんが傍に寄ってきて耳元で囁いた。

「みんな慎蔵先生のおかげですよ。あなたの世話になった患者のお母さんの間を回って、あなたの誠実さを訴えていったみたいです」

 初めて柴田さんの笑顔を見た。そして、慎蔵先生が忙しい中で、そんな支援をしてくれていたことに感動して、目の奥が熱くなった。

「柴田さん、あなたはどうなんですか? ある意味あなたが一番私のプランを見る時間があったはずだ」


 私は柴田さんの厳格な進捗管理に応えるために、できあがった順に計画書を送付していた。彼女の性格からして、内容に目を通さないはずはないのだが、内容に対するコメントは一切来なかった。

「計画書は完璧です。最も心配なのはセキュリティソフトと管理用AIを、二つともあなたが手組で作ることでした。しかしあなたが試作品で送って来たAIは素晴らしかった。どんな問い合わせにも推論して答えてくる。しかも十三か国語に対応していた」

 柴田さんはそこで言葉を止めて、私の目を真っ直ぐに見つめた。彼女の目は澄んでいて綺麗だった。

「あなたのサイト構築の話を満江さんから聞いて、PCなど環境構築をしたその日に、3Dを駆使したあの驚異的なコンテンツを制作したのだと知りました。人間のできる生産性だとは考えにくい。あなたはその時既に高性能AIを持っていて、制作はAIがしたんじゃないですか?」


 図星だった。AIが制作したのは事実だ。だがそれが頭の中にあり、脳と直結していることは言えない。

「あなたの提案は、どれも私たちが渇望して止まないものです。でもあなたは記憶喪失で、あなたのバックボーンは闇に包まれている。信用していいのか、それだけが最後に引っかかっています」

 決して激情に流されることない冷静な表情だった。澄んだ目を見ていると、全てを話したい欲望に心が囚われる。


「そんな私の疑いを慎蔵先生が払ってくれました。あの方は私にもあなたが診療に来る子供たちに真摯に接して、信頼され懐かれる様子を語って来ました。実際、あなたに子供を世話してもらった方は、即座に賛同して、慎蔵先生の活動の支援者になりました。今日集まった支援者の方は、みんなあなたを疑うことなく信用しています」

 私は慎蔵先生の思いやりに頭の下がる思いだった。なんだか他人ではあるが、父親の愛情とはこんな感じなのかと思ったりもした。


「子を持つ母親は本能で敵味方を見分けます。そしてその判断は私のような頭でっかちの女より正しいことが多い。だから私もあなたのことを詮索して疑うことを今日を限りに止めます」

 そう言って柴田さんは、とびっきりのいい笑顔を見せてくれた。

「一緒に頑張りましょう、柊一さん!」

 この日から私は、柴田さんを毬恵さんと呼ぶことに成った。

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