邂逅 ――ついに東にコンタクト! 仲間になることはできるのか
「どうぞ」
秘書と思われる長身の女性が、私と慎蔵先生のためにお茶を出してくれた。長い黒髪の理知的な顔をした女性だった。少し細すぎる身体が見ていて心配になる。
東さんの横には後援会長の大舘さんが座っていた。大舘さんは市内の老舗のシャツ屋のご隠居で、商店街には顔が効く。
「今日は無理を言って申し訳ありません。どうしても東さんに説明して、取り入れて欲しい施策がございまして参上しました」
深々と頭を下げてから、持参したPCを部屋に備えてあったテレビに接続する。
「こちらを見てください。少しでも支援がしたいと思って、四日前に私が作成した政治を考えるサイトです。このサイトの狙いは、投票率を上げるために、普段選挙に行かない若者たちに選挙に興味を持ってもらうことでした。若者を誘導するためにYOUTUBEにラップ映像のコンテンツも設置しています」
私のデモを見て、東さんは目を輝かせた。
「このサイトはあなたが作ったんですね。実はここにいる秘書の柴田君が面白いサイトがあると言って、私に見せてくれたんです。いやあ実に感心しました。日本の政治の実態がよく描かれている」
「恐縮です。実はこの後もアニメのアップを考えており、市政方針によって変わる街を描こうと思っています」
「それは楽しみだ。それでアニメはいつアップされるんですか?」
もう東さんは私の話に食らいついていた。それは自己の利益のためというよりも、私のサイトの一人のファンのように見えた。
「それがアニメを作成中に大きな問題点に気づいたのです」
「大きな問題点?」
「はい、スクリーンをご覧ください」
そこには理想の市政を実現するコンセプトを描いたムービーが流れた。もちろん3Dだ。教育と医療の充実した街が人々の暮らしを活性化させる。希望に溢れた街が突然暗転する。この街には人々の自己実現欲求に応える環境がないのだ。東さんの顔が曇る。
「東さんは市民の財政基盤となるビジネスは誰に託しますか?」
「と言いますと」
東さんが私に次の言葉を促す。
「民間では無理です。まったく何もないところから大規模なビジネスを興すには、皮肉なようですが利益追求をいったん諦める必要がある。その意味では公共投資の考え方はまんざら悪いものではない」
「それは分かります。だが道路や無駄な施設を作っても意味がないし、市民に恩恵が還元されない」
「もちろんです。そういう過去のモデルをトレースしても仕方が無い。だから今の時代に相応しい公共投資をしましょう」
「今の時代に相応しい?」
東さんにはまだピンと来ないようだ。
「次のムービーを見てください」
そこには市が経営するクラウドサーバーの保管施設が描かれていた。そしてその施設と大都市を結ぶ高伝送率のファイバーネットワーク、さらには市民が自由に使えるように市内の各家庭をつなぐ無線ネットワークが生き物のように画面の中をうねる。富士沢市の市民に成ればこれらの資源が使い放題になるのだ。
環境整備が都会のテレワークが可能な人々の大量移住を促す。それに伴い企業も次々にクラウド資源の利用契約を結ぶ。人が集まればサービス産業も充実し、それに従事する人も集まって来る。
それだけではない。市はそんな人々が家族で安心して暮らせるように、充実した教育機関と医療機関を充実させる。
ここまでは市の投資過多だが、人口が増えることによって税収が上がる。そしてクラウドサービスは更に充実し、それに伴って参加企業が増大することによって、市へ事業収入が上がって来る。
それを福祉に投資することによって、新たな魅力が生まれ、より一層人口増加が加速する。いつの間にか富士沢市は国の支援が必要ない独立行政自治区として独立する。
「素晴らしい」
東さんと後援会長は興奮して立ち上がった。その顔は雨空に晴れ間を見つけたような希望に満ちていた。
「私は反対です。実現不可能です」
先ほどお茶を出してくれた秘書の柴田さんだった。
「なぜ反対なんだ、柴田君!」
東さんは戸惑った顔で柴田さんの顔を見る。
「人がいません。最初のクラウド施設を建設するだけでも、建築、IT、電気など、全てにおいて、安全とセキュリティの両立が必要となります。設計・施工は外部に委託するとしても、それをジャッジして進める人材がいません」
「外部から調達できないか?」
「無理です。パイプが有りませんし、各分野のスペシャリストを雇う資金がありません。第一外部から調達するにしても、この人は大丈夫だと言うジャッジは誰がするんですか?」
私はこの柴田という秘書を見直した。頭のキレは素晴らしい。こんな人がついてるだけでも、東さんの人格や人を惹きつける力が尋常ではないことが思い知らされる。
「そうか、そんな優秀な人は手弁当では来てくれないよね」
東さんががっかりして肩を落とす。
「いますよ。ここに。建築、IT、電気、クラウド施設を構築するノウハウは全て私にあります。私ならペンタゴン以上の堅牢なセキュリティを実現します。そして私は手弁当で参加する」
東さんが再び希望を見つけた顔で私を見る。
「確かにあなたのIT技術は素晴らしいと推測できます。でも全ての分野に亘って、あなたがスペシャリストであるとは私には思えません。あなたはどこでそれを身に付けたと言うのですか?」
柴田女史はなかなか鋭い質問をする。
「そこは私を信じてもらうしかない。私は事故の影響で記憶喪失になってしまった、過去の経歴などまったく思い出せないんです」
「そんな人を信じろと言うのですか」
柴田女史はいい加減にして欲しいという顔をした。
「そこは儂を信じてもらえないだろうか」
おとなしく聞いていた慎蔵先生が割り込んできた。
「柊さんはできもしないことをはったりで通したり、自分の利益のために動くような男じゃない。丈晶のために働こうと思っているだけなんだ。その柊さんが自分で言うんだ。信じてくれないか」
慎蔵先生の信頼は厚いのか柴田女史も不満気だが黙った。
「いいじゃないか柴田君。私は三上さんを信じるよ。もし達成できなくても仕方ない。その時は責任をとって私が辞めればいい話だ。でもやろうとしていることが素晴らしいことなら、きっと誰かが後を継いでくれるはずだ」
東さんは腹を決めたのかとてもいい顔をした。
「そうだ、テスト代わりに建築やセキュリティの基礎設計を作ります。東さんは選挙公約に取り入れる準備をしてもらえませんか?」
「分かりました。共にこの富士沢市のために頑張りましょう。今日から私たちは同士だ。私も柊さんと呼んでいいですか?」
「もちろんです」
「では柴田君は柊さんと連絡先を交換して、これからの柊さんの活動を全面サポートしてください」
それを聞いた柴田女史の目が光ったような気がした。
この女性がサポート兼監視者になるわけだ。私は賛同する気持ちとは別に、冷静に人事的措置をとる東さんに政治家の姿を見た。
「柴田さん、よろしくお願いします」
私は右手を差し出して柴田女史と握手を交わした。見かけは骨ばって見えるのに、意外と柔らかい感触だった。
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