邂逅 ――未来の技術を駆使して選挙を変えようと画策

 私たちが喫茶店を出て家に戻るのと同じぐらいに、木乃美が学校帰りに遊びに来た。

「木乃美ちゃん、ちょっと撮影に付き合ってくれる?」

「いいよ」

 遊び相手を探していた木乃美は二つ返事でOKした。

 二人で出会った公園に着くと、木乃美と二人でパフォーマーと撮影者を交互に代わりながら、約三時間スマートフォンで様々な動きを録画した。木乃美はまだやりたがったが、日が落ちたので木乃美の家を経由して家路についた。


 夕食の後で自分の部屋に戻り、購入して来たばかりのPCを梱包から出し起動させる。ファンが回り画面が明るくなり、初期設定を求めてきた。私は必要な項目を入力してインターネットと、頭のマイクロチップの接続を試みる。


 PCのブルートゥースをONにして、入力デバイス接続用に設定する。次に頭のマイクロチップが三一世紀で大量データの検索するために保持していた通信機能を、この時代の通信規約に設定変更し、PCと接続を試みる。

 画面にはドライブの一つとしてマイクロチップが認識されたと表示された。さらに、OSに新しいUSB入力デバイスを設置し、新たに追加されたドライブから、マイクロチップ内で製造したIO制御用ドライバーをインストールした。

 最後にUSBドライブをOS内から消去し、OSのIOを直接操作できる入力ドライブとして、マイクロチップを繋ぎなおす。これでキーボードとマウスと外付けドライブを兼ねた新しい入力デバイスが誕生した。


 試しにマイクロチップ経由でメーラーを開き、脳内で考えた文章をメールに乗せ、慎二先生に送った。PCの画面には、キーボードやマウスに一切触れてないのに、勝手にメーラーが開き、メールを書いて送信している。


 早速、作業を開始する。スマートフォンをキャリアの提供するクラウドに接続し、クラウド内の無料ドライブに今日撮った動画を保存する。次にPCとクラウドを接続し、PCに今保存した動画をダウンロードする。


 ダウンロードの合間に、PCにC++の開発環境を準備し、3D動画編集ソフトの開発を始めた。頭の中で機能を考えるだけで、マイクロチップがC++のソースコードに変換してPCに送ってくれる。ものの一時間でソフトは完成した。


 作成した動画編集ソフトを使って、今日撮った動画の編集を始めた。頭でイメージするだけで、細かいマウス操作などしなくても次々に編集が進む。最後のコーディングはPCのCPUパワーが低いので、マイクロチップで行った。

 たった二時間で極上の動画ソフトができあがる。コンピューターの合成音声によるラップミュージック付きだ。3D加工された木乃美と私のアバターが躍るダンスと、綺麗にコラボしている。


 頭の中に教育と医療に厚い理想の街を描く。3DCG技術が駆使され、次々にイメージがCG画像に変わる。子供や老人の笑顔に溢れた高福祉の街の画像ができあがった。

 続いて公共工事に金をつぎ込んだあげく、道路が掘り返され意味のない施設が立ち並ぶ無機質の街のCGを作る。


 コンテンツができたので、ドメインを取得してそこにポータル画面を設定した。それを起点にして先ほど作ったCGを並べる。これで福祉政策の違いによる、二つの街を比較したサイトの出来上がりだ。

 仕上げはこのサイトに若者を誘導するための3Dラップムービーを、YOUTUBEにアップする。


 全ての作業を終えて時計を見ると、午前一時を少し過ぎていた。ほぼ四時間で作業を終えたことになる。この時代の技術で創ったら丸々一カ月はかかるだろう。

 こうして私の支援活動一日目は終わった。


 動画をアップして三日後、私の動画はYOUTUBEでちょっとした話題になっていた。視聴数は百万回を突破し、3DCGのサイトへの誘導数も三十万回を超えた。ネット上では驚異の3D技術に賞賛の声が上がった。

 サイトのコメント欄には技術の賞賛に交じって、コンテンツの内容に触れるものが徐々に多くなってきている。つまり視聴者は政治の在り方に興味を覚えたのだ。

 そして明らかに富士沢市民と思えるコメントもちらほら見受けられた。何しろ私のハンドルネームは「富士沢市民A」だから。


 この三日間、ネットの視聴数をただ見ていたわけではない。新コンテンツとして3Dアニメの制作に取り掛かっていた。前回確立した3DCGの技術をフル投入し、まるで実写のようなリアルな街を、私と木乃美のアバターが歩く。

 テーマは公共投資だ。一見公共投資によって経済が活性化し、税収が増えて市の財政が潤うように見えるが、それはまた公共投資につぎ込まれ、一部の人間だけが潤う世界を描いてみた。


 一方教育福利厚生に厚い街についても描いてみた。そこでは全ての市民が平等に潤う素敵な世界だ。だがここにも問題はある。財源をどうやって確保するか、つまり市内の産業の活性化に伴う税収の増加策だ。その答えがないと、結局は国の交付金頼みとなる。


 財源確保は難しい問題だった。東京を中心としたビジネスエリアから富士沢市は遠く外れている。そうかと言って、大企業の工場はもう日本に誘致される要素は少ない。どうすれば労働環境を確保して税収をアップできるか、このアニメを制作しながら財源確保について考察を重ねた。


 三一世紀は人間が働かない世界だ。ロボットが働いて、人間はそこから上がる成果を平等に分け与えられる。死のない世界で欲望の消えた人間は、横並びに満足し、せいぜいゲームの勝敗に一喜一憂する毎日だ。


 だが、二一世紀は違う。人間がより良い社会や生活を目指す向上心を持ってがんばる。生きている時間は限られており、その中で生きていた証を残したいからだ。

 一度しかない人生、この世界でよく使われる言葉だ。だから自分にとってより良い人生を常に模索し努力する。

 では一度しかない人生を充実させる要素とは何か。衣食住の充実はもちろん大事だが、それは本質ではない。この世界は家族、友人など人の結びつきが濃い。それが充実することで人生も充実する。

 その帰結として再度産業問題に行き着く。仕事は衣食住を充実させるための財政的問題だけでなく、生きる上の誇りにもなるのだ。


 考えていると、PCのデスクトップにクラウドの宣伝が表示された。ふと思った。このクラウドの実態はどこにあるのか。そこに思い至ったとき、一つのアイディアが私の頭の中に閃いた。そしてその実現に寄与する十分な資源が私の脳内には存在する。


 翌朝、私は朝一番で東丈晶の自宅に電話をした。電話番号は慎蔵先生に教えてもらった。電話口で会いたいと要求する私に対し、東さんは困惑した。もう一週間分のスケジュールが詰まっていて、一面識しかない私に取れる時間がないからだ。無理もない選挙告示まで後二週間に迫っているのだ。


 だが、一日でも早くコンタクトしたい私は食い下がった。選挙前だからこそ、東さんの市政方針に私のアイディアを加えてもらわなければならない。いたずらに時間だけが過ぎる。見るに見かねて、横で見守っていた慎蔵先生が電話を代わって、「頼む、会ってやってくれ」と頼んだ。再び電話を代わった私に東さんは「今夜九時に事務所で会いましょう」と告げた。


 それから私はプレゼン資料の作成に取り掛かった。東さんの時間は限られている。その中で効率的に考えを伝えるには、プレゼン資料のできが左右する。人間は耳だけではなく、視覚から得る情報によって、獲得する情報量は何倍にも膨れ上がる。

 私は飲まず食わずでプレゼンの構成を整理した。それをそのまま東さんの市政戦略に転換できることを意識して作った。完成したときは夕方になっていた。


 夕食を取っていると、慎蔵先生が私の顔を見ながら聞いてきた。

「今夜丈晶の事務所に行くんだろう」

「そうです。東さんの選挙戦略に加えて欲しいことがあるんです」

「じゃあ儂も一緒に行くよ」

「慎蔵先生もですか、でも一日働いてお疲れじゃないですか」

「柊さん、あんたのことだから、きっと丈晶のために立派なプランを持っているんだろう。きっと丈晶も助けを借りたいと思うはずだ」

「……」

 慎蔵先生が何かを伝えたいのだと感じた。


「だけど、丈晶にとっても次の選挙戦は死に物狂いだ。一つのミスで今迄築き上げたものが崩れ去る可能性がある。それは丈晶だけじゃなく周りのスタッフも感じているはずだ。そんな中に付き合いの浅い柊さんが近づいても、大事なことを託す信頼がない。丈晶が思っても周りが納得しない」

 確かにそれはそうだ。自分は記憶喪失で戸籍すら分からない男なのだ。

「だから儂がついて行く。柊さんの信頼が不足する部分を儂が埋める。これでもこの街では少しは信頼の厚い男なんだよ」

 普段なら笑って見守る満江さんまで、真剣な顔でこちらを見ていた。

「ありがとうございます。お世話になります」

 私と慎蔵先生は夕飯を終えると、慎蔵先生が運転する車で東丈晶の事務所に向かった。

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