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私の目下の興味はゴルフで光男に勝つこと、ただそれだけだ。
「さあ、後半が始まる。これから巻き返すぞ」
私は元気よく席を立った。
唯一残された刺激的な時間だ。この時を無駄にできない。
三人は元気よくクラブハウスを後にした。
最終ホール、私は逸る自分を抑えるのに神経を集中した。
集中のかいあって、後半は冷静なゴルフを展開し、ついに光男を一打差まで追い詰めた。
前ホールでバーディを取ったので、これからオーナーとして最初に打つ。
ティーショットを完璧に決めれば、さらに光男にプレッシャーがかけられるはずだ。
そう思うと肩に力が入った。
普段ならこれらの制御は全てマイクロチップが行ってくれるのだが、今はそれがオフになっているので、自分にこんな感情の起伏があるのに気づく。
これこそゴルフの醍醐味だった。
最終ホールは一五〇ヤードのショートコースなので、ドライバーではなく七番アイアンを手に取る。
「おい、何か妙に暗くなってきてないか」
光男が不自然さに気づいて声を掛けてきた。勝負に集中していた私も、変化に気づいて空を見上げた。
「太陽が半分になっているぞ」
生まれて初めて見る現象だった。この三百年間こんな現象は見たことがなかった。
「そう言えば巨大な彗星が太陽系に接近するって聞いたぞ。地球と同じぐらいの大きさらしい」
天文好きな冬樹が得意そうな顔をした。
「彗星?」
「ああ、二万年周期で太陽系に飛来する特殊な奴らしい」
「そんなのが来て大丈夫なのか?」
地球と同じぐらいの大きさの彗星がやって来て、地球に影響がないとは思えなかった。
「AI政府がなんとかするんだろう」
光男が呑気そうな声で笑いながら答える。
「AI政府の公開情報には、天候は影響を受けるが、過ぎ去ったら問題ないとある」
人間と違ってAI政府が偽情報を流すことはない。少し安堵した。
「しかし気持ち悪いなぁ」
「日食ってやつか」
話している間も太陽は彗星の陰に隠れてどんどん暗くなっていく。
「とりあえず日食が終わるまでプレーは禁止だな」
追い詰められていた光男はややホッとしたようだ。
「日食は約三十分で終わるようです」
ロボットキャディが感情のこもらない声で伝えてくる。
「三十分ならここで待つか」
光男のオーダーでロボットキャディが事務的に簡易休憩所を作り始めた。
「それにしても神秘的だな。太陽が食われていくようだ」
「そうか? 彗星の陰に隠れただけだろう」
光男が特に感情を込めずに反論する。相変わらずドライな光男の反応に、私は思わず苦笑した。
「そうだな、単なる自然現象だ」
そう言いながらも太陽が影に覆われる様子が、どういうわけか私の心に、不安の影を拡げていく。
日食はどんどん進むが、光男と冬樹は呑気にゴルフの話をしている。
不意に暗くなった空に稲妻が駆け抜けたような気がした。
驚いて顔を上げると空が捻じれたように見える。
見間違えたのかと思って凝視すると、捻じれはどんどん大きくなって地上に向かって降り注いできた。
あっと、声を上げるのと、私の身体が捻じれに巻き込まれるのは同時だった。
巻き込まれた途端に私の意識が遠のいていく。
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