第十四話 取り残されたノートPC

「なんだよ、いねーじゃねーか」


 昼食後、「ちょっとトイレ行ってくる」と言って病室を抜け出し、いつもの休憩スペースに来てみたはいいものの、そこに茅野の姿ははたと見当たらなかった。

 が、茅野がいつも陣取っていた場所にはぽつねんと寂しく取り残されたノートPCがあった。


 トイレか? 不用心だな。

 病院で盗みを働く人間なんて聞いた前例がないが、ないとは言い切れない。

 しょーがねー、あいつが戻ってくるまで番をしといてやるか。


 一応ラノベだけは持ってきていて、おれはそれに視線をわせながら時間を潰すことにした。が、妙にその時間が長く感じられて落ち着かない気分になってきてしまった。意識が読書に向かず、ちょくちょく本から顔を上げて周囲に首を巡らせる。ノートPCの主は帰還する気配を見せない。

 自然、寂しく取り残されているノートPCに視線がいった。

 だってスリープ状態にも節電画面にもなってなくて画面ついたままなんだもんよ……。いやマジ、無用心にも程があんだろ、どこほっつき歩いてんだあいつ……。


 あいつが書いているのは、おれがあまり得意としない、がっつり恋愛を主軸とした物語だ。

 以前、半強制的に読まされて再認識したが、やっぱりおれには向かないと思った。それはおれの人生経験とか価値観なんかがまだ子供だということの何よりの証左なのかもしれないが、それはそれとして、だ。


 ここ数日で色々とあったのも事実で、現在の心境のあいつがどんなものを書いているのかはそれなりの興味があるのも事実だった。

 明日にはおれも退院だというのもある。

 ここで少しばかり、その画面に目を通させてもらってもばちは当たらないだろう。どの道、ラヴノベルをうとむおれにあんなにも読ませると息巻いていたわけだし、喜ばれこそすれ、問題なんて何一つないはずだ。


 ないはずなのに、おれはそろりそろりと、元より人目のない場所でさらに人目を忍んでノートPCに近づいていった。

 正面に回り込むようなことはせず、角度がありつつもぎりぎり画面が覗き込めるような位置に腰を浮かせたまま陣取り――。

 そこに書き綴られた文字の羅列に、おれは視線を滑らせ始めた。

 どうやら物語は佳境に差し掛かっているようだった。

 いや、佳境というか……。

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