第十三話 正体不明の気掛かり
翌朝、おれはあの休憩スペースには足を運ばず、自分の病室で過ごすことを決めていた。
朝に起床してまず検診、その後朝食を取り、適当に柔軟運動やストレッチ、雀の涙ほどの負荷しかないトレーニングをした辺りで顔を見せたマキナの相手をしながら、勉強や読書に
『偽装交際はどう? そろそろ別れる?』
りん、というチョーカーの鈴の音に反応してそちらを見遣ると、妙に含みが感じられてしょうがない疑問を文字通りに向けられていた。
おれはそれには取り合わず、その画面に
「別れるにはまだ少し掛かりそうだなー」
スマホをタプタプフリフリする気配を視界の端に感じるほんの少しのタイムラグの後、おれは再び向けられたその画面に視線を走らせる。
『いつまでもバカな悩みに付き合ってないでさっさと縁切っちゃいなよ! ユー!』
その顔には至って無垢で無邪気な屈託のない笑みが張り付いていた。
マキナには先日、事のあらましを端的に伝えただけだが、こいつはこれでなかなかに
それに今後の人生、半永久的に何らかのハンデを背負うことになるという点では、こいつのほうが少しだけ先達だ。
おそらくは昨日、茅野が吐露した心の内なんて手に取るように承知しているだろう。
「まぁそう言ってやんなよ。人それぞれ色々あるんだから。おれたちの物差しで他人を計っていいわけじゃねー」
というか、昨日の茅野の暴露を聞いてから、おれの胸の内にも何かモヤモヤとしたものが渦巻き始めているのも事実だった。
それが何なのかまだ判然としないが、茅野のそれを『バカな悩み』と一概に一蹴することができない、してはいけないような気がしていた。
いや、言い方は悪いが、バカな悩みだと思う。
そんなことにウジウジ悩んでいるくらいならちゃんと前を向いて、立ち塞がろうとする困難をすべて相手取るくらいのポジティブさを身に付けたほうがいいと思う。
……けど、おれはまぁまぁ大切な何かを、忘れているような気がしてならない。
そんなふうに考えを巡らせていたせいか読書にはまったく集中することができず、片手間にマキナの相手をしている内に昼時になった。
マキナがここにいることを事前に察知していた桜崎が二人分の昼食をここに持ってきて、またもやおれがマキナのメシの面倒を見ながら自分の食事も取るハメになる。……なんでおれは二人分のメシの世話をしてんだろーな? 疑問でしょーがねーぜ。
昼食を運んできた桜崎が思い出したようにぽつりと首を傾げてきた。
「そういえばミコト様、今日はあの場所へはおいでにならないのですか?」
桜崎の口にしたあの場所というのが、茅野と会う場所として定着しているあの休憩スペースであることは確認するまでもない。
「んー、今日は気分じゃねーんだよなー」
「茅野様が不満を漏らしておられましたよ。どうして今日は来ないのかと」
「…………」
あいつ、昨日あんな爆発しといてよくそんなこと言えんな……。別にいーんだけどよ。向こうはおれの入院理由や身体のことなんて知らねーんだからしょーがねーし。
とりま、それを抜きにしても、その他諸々の理由で今日は気が向かないというのが今の心境だった。
「風の噂に、早くも破局の危機だと窺ったのですが」
「……ホント、病院って噂が広まんの
そこは学校と同じだ。
みんな、退屈しのぎの材料に飢えている。
『別れる!?』
嬉々としてそんな画面を向けてきたマキナは無視して、桜崎の疑問にだけおれは答えた。
「別にそんなんじゃねーし、偽装交際に破局の危機とかあんのかよ……。大体、本物のカップルだって毎日顔を合わせなきゃいけないわけじゃねーだろ」
そもそも広義で言えば、今のこの環境は一つ屋根の下で同棲しているといっても過言ではない。そんじょそこらのカップルよりもよっぽど進んだ関係と言っても差し支えないだろう。……いや、過言だし差し支えあるな。せいぜいがシェアハウスで一緒に暮らす、ちょっと仲の良い異性ってところか。
どちらにしろ付き合いたてだからといって、毎日四六時中一緒にいるというのもどこかわざとらしい話だ。周囲には逆に不審感を抱かれかねない。
それにこれは、最初から破綻している関係でもある。
「そうですか。ではその
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