第十五話 過去と未来

 どうやって知り合ったかなんて覚えていない。

 親に聞いた限りでは物心つく前から一緒に遊ばせたりしていたらしいので、本当に気付いたら、いつの間にか私の隣にいたという感じだ。


 きっかけは親同士の繋がり。

 互いの母親が中学校の時からの付き合いらしく、あまりに仲が良すぎるせいで、結婚した後も近所に居を構えたことが大きいようだった。

 ウチや彼の家でお茶をしながら駄弁だべるというのが習慣になっていたようで、ダイニングで開かれるこじんまりとしたお茶会のかたわら、目の届く場所で私たち子供同士を遊ばせていたことが始まりらしい。


 私は覚えていないけれど、当時、私は彼のことを双子の兄か弟だと思っていたとか。

 そうではなくて他のお宅のお子さんだということを私に言い聞かせるのに、母はそれなりの労力を要したようで、今では事ある毎にそれを笑い話としてネタにしてくる。ついでに言うと勘違いしていたのは彼も同じだったようで、最初は恥ずかしさがあった私たちも、今ではネタにされる度に揃ってうんざりしている。

 実際、私たちは兄妹みたいに成長していった。

 お互いに隣にいるのが当たり前で、遊ぶのもご飯を食べるのも、週の半分以上は一緒。小学校一年生くらいまでは一緒にお風呂に入ることも一緒の布団で寝ることもあった。

 それがちょっとおかしいと気付いたのがその時だったということだ。


 幼稚園まで兄妹みたいに過ごしてきた私たちは、当然、小学校に上がってからもそれが自然なものであると何一つ疑っていなかった。

 お互いに新しい友達ができたりもしていたけれど、休み時間になる度に何かしら言葉を交わすのは当たり前だったし、家が近い私たちはいつも登下校が一緒だった。


 小学生の時分には女の子と遊ぶ男子なんて嘲りの対象でしかない。

 そのことが、小学生特有の無垢な嗜虐心しぎゃくしんに火をつけるのも当然の成り行きだった。

 次第に私たちは私たちのことを面白がる男子のグループにからかわれるようになり、居心地の悪さを味わうハメになる。

 私にはさっぱり理解出来なかった。

 私たちがなぜ面白がられて揶揄される対象になっているのかも、それを楽しめる心情も。


 周りにはそれを見て見ぬフリをする子が大半だったし、先生も軽い注意をするだけであまり真摯に取り合ってはくれなかった。

 そんなだから私たちの間にもギクシャクとした空気が漂い始め、しばらくはまともに口も利けず、登下校の時間もずらす、そんな状態が何週間か続いた。

 時折、ふとした拍子に目が合うこともあったけれどやっぱり口は利かず気まずそうに目を逸らすだけで、彼は彼の友達とだけ交流を持ち、私は私の友達とだけ交流を持って。


 色んなことを諦観し、周りもそれを受け入れ始めて疎遠状態が続きに続いた、そんなある日の放課後だった。


「いっしょにかえろ」


 本当に久しぶりに、彼がそう言ってきたのだ。

 私は目が点になっていただろうし、教室中から信じがたいものを目にしたような視線を集めていたのを覚えている。


「え、でも……」


 彼は強く、ぴしゃりと私の言葉を遮って言った。


「かんけいないよ、はやくかえろ」


 しんと静まり返っていた教室の中で真っ先にその静寂を破ったのは、くだんの男子グループのリーダー的な子だった。


「はっはっは、なんだよおまえら、けっきょく――」


 しかし、私たちを嘲るようなそんな言葉も、最後まで続くことはなかった。


「あのさぁ、いい加減そういうことやめようよ」


 そう口を挟んできたのはクラスの他の女の子で、強気を滲ませながらも少し躊躇いがちな顔をしていたのを覚えている。

 そりゃあ勇気なしでできることじゃないだろう。おっかなびっくりになるのもしょうがない。


「好きな子と遊べばいいじゃん。男子も女子も関係ないよ」


 クラスの誰もが言葉を失い、再びの沈黙が教室に満ちた。

 しかし、それもすぐに破られる。


「そうそう、ホント、男子ってガキなんだから。いまどきそんなの流行らないよ」


 最初に割って入ってきた子とは別の子だった。

 結局のところ、男子グループの所業に否定的なクラスメイトのほうが多数派で、みんなきっかけを欲していたのだと思う。

 それを、最初に勇気を出してくれたあの子が作ってくれた。

 そしてそれに追随する子が現れてくれた。


「ホント男子って子供だよねー。あー、私も早くカレシほしいなー」


 もう一度言及しておこう。小学校一年生時の話である。

 女子は一人や二人頷いていた気がするけれど、それ以外は男女問わず何人かのクラスメイトが頬を赤らめたりしていて、まだそういうことがわからないほとんどの男子はただ目を丸くしてキョトンとしていた。


 もちろん、そのときの私と彼もそんな関係じゃない。もしもそのときからそんな関係だったのだとしたら、早熟にもほどがある。

 当時の私たちは、ただの兄妹のような幼馴染みという間柄。

 結局、私たちをからかっていた男子たちは立場をなくし、それ以来すっかり大人しくなった。

 私たちは周りから(主に女子たちから)温かい目で見守られるようになり、再び交流を再開することができたのだった。

 けれど、私たちの関係はその後もしばらく〝兄妹兼幼馴染み以上恋人未満〟のなぁなぁなもので、彼がはっきりと言葉にしたのは小学校六年生のときだった。


「俺と恋人になってください」


 ……だったかな。うん、たぶんそんな感じだ。

 私としてはもうずっと一緒に居られればいいやと思っていたし、そんなこと今さら言葉にされなくても、という感じだった。

 周りからもとっくに公認だったし。

 さすがに入浴や就寝は別になっていたけど。

 ただ、高校を出たら実家を出て一緒に部屋を借りてもいいんじゃないかとかいやまだ早いんじゃないかという話は出ている。

 いや、出ていた。


 その話に結論が出ない内に、私がこんなふうになった。

 それで同棲の話も、もう有耶無耶うやむやになっている感じだ。

 それでいいと思っている。

 今ではもう、そんな未来は夢物語だ。

 こんなお荷物と同棲なんて、面倒以外のなにものでもないだろう。

 彼には将来があるのだ。

 自分のやりたいことをやって、掛け替えのない友達を作って、掛け替えのない大切な人を作って、何不自由のない幸せな家庭を築くべきだ。

 私のようなお荷物がいては、その妨げにしかならないだろう。

 そのためには、私なんかにかかずらわっている時間はない。

 それだけ私に時間を掛けても、結局全部無駄になるかもしれないのだから。

 だからもう、たとえ私がいなくなってしまったとしても私のことなんて忘れて、問題のないまともな相手と一緒になってほしい。

 私の願いはそれだけだ。

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