第三話 体育の時間(3)

 っつか、そのナリで目上にはちゃんと敬語って、違和感がパない。

 はっきり言ってそのギャップに気を取られてセンターからの返答が頭に入ってこなかった。こちらから問い合わせる気力も湧いてこない。が、ヤンキーがセンターから視線を戻しておれの返答を待っているところを見ると、ナギからは了承を得たようだった。


「できれば自分で走りたいんだけどな」

「俺も君のことに詳しくないから何とも言えないんだけど、君と馴染みのある先生があぁ言うならやめといたほうがいいんじゃないのかな?」


 この風貌に呑まれたとかいうわけではないけれど、見た目ゴリゴリのヤンキーがこんなにも物腰穏やかな口調で仲裁に入ってくるというのは、そのギャップ効果でなんとも気勢を削がれてしまう。もし確信犯でやっているのなら、喰えないヤツだと思う。


「じゃあ、よろしく」


 普段ならもう少しみっともなく粘るのに、気づくとおれはヤンキーの提案を呑んでいた。

 ベースランくらいできると思うんだけどな、ナギにはあー言ったけどどーせ長打にもならないだろーし。

 そんな胸の内も言葉に出ることはなく、ヤンキーがスタートを切るのに適当な位置に着くのを見ると、おれは相手のピッチャーに向けて言った。


「手加減するなよ、下手にファウルが続いたら長引く」


 長引いたら身体に障る。


「そうだ今野! 三球三振ストレートで打ち取れ! 頼む! 俺が明日も無事に学校に来るために!」


 ピッチャー(今野というらしい)に向けて言ったのに、なぜかセンターからのリアクションが返ってきた。そんなに美夜が怖いのか、妙な必死さと悲壮感が伝わってくる。

 今野はおれとナギのやり取りに困惑を隠しきれないでいたが、やがて会話が一段落したところを見てようやくのこと、その両手を振りかぶった。心なしか周囲の喧騒がナリを潜める。

 ピッチャーの右腕が、豪快に振り下ろされた。

 気づけばボールはホームベースの上を通り過ぎていた。


「…………」


 ほ、ほー……。けっこー速いじゃねーか……。

 おれがここに立つまでに何度か打球が飛んだのを見たが、みんなよくこんなの打てたな……。

 外から見ていた球とはあまりに異なる体感に軽く尻込みしかけるが、ここで退いていては何のためにバッターボックスに立ったのかわからない。おれは気を入れ直してバットを短めに持ち直す。


 しかし二球目、それはボールがミットに収まった後にくうを切った。完全に振り遅れだ。

 カウントはツーストライク。ナギの指示通り、相手は完全に三球で打ち取る気か。もっと早いタイミングでバットを振らないと掠りもしそうにない。ボールがピッチャーの手から離れるのを見てからでは間に合わないのは明白だ。

 ふうぅ~、とおれは深呼吸し、これまでの二球を思い返して集中する。ピッチャーの一挙手一投足に注視する。


 果たしてラストダンジョンに挑むゲームの主人公のようなオーラでピッチャーから放たれた三球目は、これまでの二球と比べて格段に遅い山なりの球だった。

 速球に慣れ始め、次こそはそれに合わせようと意気込んでいたところにこのスローボール。

 あぁ、それな、読んでたよ。

 おれの心理状態は極めて冷静で、慌てて身体が動くということはなかった。

 タイミングはドンピシャ。

 カキンッ!!! という心地よい快音が四月の澄み渡った空に響き渡った。


「…………」


 グラウンドの対角線上で行われていたもう一つの試合からホームランの如き長打が飛んできた。

 対して今野が投げたスローボールは見事にキャッチャーミットに収まっていて、おれはバットを振り抜いた姿勢のまま空に恨みがましい視線をぶつけた。


 ……けど、ま、こんなもんか。産まれてからの十五年間を鑑みれば、どう考えても運動するのに適した身体ではないのだから。

 それはそれとして、喜びを全身で表して泣いて躍り狂うセンターにはあらん限り逆恨みの視線を飛ばしておいた。

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