第三話 体育の時間(2)
C組の攻撃回、クラスメイトの一人が長打を見せ、場が盛り上がった隙を狙って、おれは前の打者が捨てていったバットを拾ってどさくさ紛れにバッターボックスに立った。しれっと軽く素振りを始める。その光景に気づいたヤツらからざわめきが広がっていくが、おれは意識的に無視した。……どーでもいーが、なぜかバットは木製だった。いやホント何でプロ仕様……。
周囲から一拍遅れて気づいたナギが、センターから怒号を張り上げてくる。
「何でお前がバッターボックスに立ってんだミコト!」
無視しようかとも思ったが、相手ピッチャーも何やら戸惑ってしまって一向に投球に入る気配が見られなかったので、仕方なくおれは応じた。
「おれだって参加してーんだよ。アウトになったら大人しく引き下がるからやらせろ」
「ヒットになったらどうすんだ!」
「おれにヒットはない。あるのはアウトかホームランだ」
「一丁前なこと言ってんな! アウトはわかるがホームランの自信はどっから出てくるんだ!」
「心の奥底に沸々と燃え滾る魂の炎から、かな」
「お前の心の底に何か燃え滾るものがあるのは昔から知ってるがマジメに答えろ!」
「センターで甲子園行ったくせに知らねーのかよ。ヒットになったらベースランするに決まってんだろーが」
C組チームからセンターを守っている担任教師兼元甲子園球児に猛烈なブーイングが起こった。
D組チームに加わっているC組の担任は僅かにたじろぎを見せたようだったが、すぐに持ち直す。
「していいわけないだろうが! ちくしょう! だから俺はお前に体操着渡すの嫌だったんだ! お前がそんな格好したらその内その気になってくるに決まってるしな! けど決まりだからって他の先生方が……くっ!」
どうやらあいつにはおれには到底考えの及ばない苦労があるようで、ヤツは手で顔を覆って悔しげに天を仰いでいた。
「後悔先に立たずだな。あとなんか大変そーだな。まぁがんばれ、いつかいーことあるさ」
「
「外野にいるのはおまえだけどな」
「上手いこと言った気になんなよ!? ……あ~くそっ、頼むから大人しくしててくれませんかねぇ!? 俺が後で美夜に殺されるんですよねっ!」
「しょうがない。そのときは自首するよーに説得してやるから」
「俺が殺されるの決定かよ! 未然に何とか防いでほしいんですけどね!」
まったく埒が明かねーな、論点がズレてきた上、素振りするのにも疲れてきた。
さて、どうやって丸め込むか――。
素振りをやめてバットを杖にし、策を練り始めたおれの耳に、妙に穏やかな、人の良さそうな柔和な声が染み込んできた。
「じゃあヒットになったら俺が代わりに走るってことでどうかな?」
どこの釈迦かキリストがそんな折衷案を繰り出してきたのかと振り返ると、予想に反してそこにいたのはヤンキーだった。
そいつを見上げると、背は同年代でも高いほうで、サイドだけ短く刈り込んだ金髪を何かに反発するかのように逆立てている。薄く細めに整えられた眉にその顔立ちは彫りが深く、耳には控えめにも小さなドクロのピアス。そんなんだから妙にワイルドな印象がある。今は既に体操着姿だが、前の授業まで制服は大胆に着崩していた。絵に描いたようなヤンキースタイル。
……うん、ずっと意識の片隅にはいたんだよ、こいつ。同じクラスだ。ただあまりにヤンキー具合が露骨で誰も話しかけないし、このヤンキー自身も誰にも話しかけないし明らかに浮いているし、おれも特に話しかける用事もなかったしでスルーしていた。
そんな金髪ヤンキーは答えあぐねているおれを置いて、センターへ声を飛ばす。
「先生の口ぶりから察するに、ベースランしなければ問題ないわけですよね? ここは俺が代走に入るんで、それでどうでしょうか?」
代走ってそういう使い方するんだっけ?
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