第四話 打席の後

「面倒掛けたな、高上」


 バッターボックスを後にしながら結局走ることのなかった金髪ヤンキーに礼を向けると、高上は軽く目を見開いて驚きを見せた後、ややあってそれを苦笑に変えた。


「覚えていてくれたのか、俺の名前」

「いや、みんな覚えてはいると思うぞ……」


 確か、フルネームは高上千馬たかがみせんまだったか。自己紹介のときにそう名乗っていた記憶がある。

 こんなにインパクトのあるルックスを持つ同級生の名前が記憶に残らないなんてヤツはヤンキー耐性の強いヤツだけだろう。話してみたらヤンキーですらなかった。エセヤンキーだ。

 高上も自覚はあるのか、おれの反応に乾いた笑みを浮かべただけで話を戻した。


「まぁ俺も君みたいな境遇の人間は会ったことがないから口出ししていいものか迷ったんだけど、差し出がましかったかな」

「いーよ別に。バッターの気分は味わえたし、結果的にかすりもしなかったし」


 ふてくされた胸の内を隠すことなく唇を尖らせておれは言う。そりゃ、できれば快音を響かせる気分も味わいたかったし?

 

「三球目は惜しかったよ。もう少しバットを上に振れたら当たってたと思うよ」

「うるせー、身長が足らねーんだよ」


 あのピッチャー、それも見越してのあの高めのスローボールだったとしたら、なかなか意地が悪い。今野だったか、顔と合わせて覚えておこう。


「それにしてもおまえも物好きだな。家族でもないのにこんな面倒な性格と境遇を持った人間の世話を焼くなんて」

「まぁ境遇はともかく、面倒な性格には慣れてるからね」

「ふうん?」


 よくわからないが、見かけによらず面倒見のいいタイプなのかもしれない。が、おれは高上が他のクラスメイトと話しているところを見たことがない。

 こんな見てくれじゃあ仕方ないのかもしれない。でもこんな温厚な性格ならもっと他のクラスメイトととも交流すればいいのにな。まぁそれもこれからか。おれと違って、こいつにはその時が訪れるのも時間の問題という気がする。


「とりあえず、ありがとな。おまえにも出来るだけ迷惑掛けないよーに気を付けるよ」


 おれはそう締め括って校庭の隅、体育の授業を受けている集団とは離れた場所へと一人向かう。そんなおれに高上が怪訝そうな顔を返していたけれど、それには気づかないフリをして、おれは見学者という立場へと戻った。


 ちなみにたった三球、バッターボックスに立っただけでおれの息は上がっていた。

 勝負の間は集中していて気がつかなかったものの、持ち慣れていないバットで慣れていない身体の動かし方をしたし、思えば事前に素振りもしていた。とはいえ、それがあったとしても、だ。


 この身体の脆弱性にはほとほと嫌気が差す。

 今回はその程度の運動量だったから息が上がった程度で済んだけれど、高校でも体育の授業に参加するのは難しそうだ。特にこういった団体競技はチームの迷惑にもなり、ハンデにもなってしまう。荷物になるのはゴメンだ。これからはクラスメイトが健康的に身体を動かしている様子を大人しく外野から見学していることにしよう。

 そんな、苦虫を噛み潰したような気持ちがおれの胸中には広がっていた。

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