第三四話 部活説明会(2)

「や、でも……あたしなんかが、一人でライブやって、何か変えられるのかな」


 日和沢は視線の先に鉛でも付けられたかのように重そうに首を垂らした。自信の希薄さからか、その瞳が揺れる。

 その不安の根底にあるのが心許ない歌唱力だということは確認するまでもない。


「この間のカラオケじゃ、ちょっと治ってるよーに聴こえたけどな」

「それこないだも言ってたけど、絶対気のせいだって! あたしの音痴がそんな簡単に治るわけないじゃん!」

「……おまえもう自分の音痴にプライド持ってねーか?」

「持ってないよ! どっちかっていうとウラミガマシク思ってるよ! ミコトくんが自分の病気に対して抱いてるような気持ちだよ!」

「だったらその恨みがましい気持ちを何とかしねーとな。今日から特訓だ」

「説明会、来週の月曜だよ!? それまでに治る!?」

「別に完璧に治せって言ってるわけじゃねーよ。今よりマシになりゃ上出来だ」

「……ホントかなぁ。そんなんで人前でライブしていいのかなぁ……」


 と、日和沢はなおも不安を見せ、頭を抱えたが、実際、歌唱力においてそれほどの完成度は求めていない。

 むしろ、おれとしちゃあ披露しちゃいけない理由がわからねーくらいなんだけどな。

 全校生徒ほぼ素人集団なのだから、それっぽく見せることができてその感情に訴えかけることができればそれでいい。


「おまえ言ってたよな。音楽には人を変える可能性があるんだって。だから見せてやれよ。たった一人でも、覚束ない歌唱力でも、おまえのやる気が本気で、先代の軽音部とは違うってことを」


 そう言うと、日和沢の揺れていた瞳はそれを染み込ませていくかのように揺らぎをなくしていき、見据える先が定まったかのようにかっちりと形を成した。

 誰も入部する気にならないのなら、したくなるように仕向けてやるしかない。

 今度こそ、眼差しだけでなくその所作すべてから消極性が消える。

 徐々に、ゆっくりと日和沢は一歩を踏み出す。


「わかった。やるよ。やれるなら、やる。……けど、ホントに出れるの?」

 

 ただでさえ既存の部活動を紹介するための説明会に、未設立の部活動が、それもこんな近々きんきんになって参加を希望して受け入れたもらえるかどうか。

 普通なら無理だ。


「ま、そこはこれから交渉だ」


 交渉先――部活説明会の主催者を突き止めるべく、おれは制服のポケットからケータイを取り出す。

 ナギへコールすると、長いとも短いとも言えない間の後に通話が繋がった。


『おう、どうした、こんな朝早くに』

「部活説明会の主催者っつーのか、取り仕切ってんのは誰なのか訊きたくてな」


 そう切り出した途端、予想していた通りに向こうが緊張する雰囲気が伝わってきた。またぞろおれが何か無茶するんじゃないかって疑ってるんだろーな。毎回おれが何か切り出す度に大体こーだ。少しは信用しろっつーの。


『何でそんなこと知りたがる』

「日和沢を軽音部として参加させてーだけだよ。おれが身体的に負担を掛ける予定なんてねーから安心しろ」


 おれはヤツの心配を解消するべく、事の成り行きと今後の展望を包み隠さず打ち明ける。別に後ろめたい事は何もないはずだ。

 電話の向こうから返ってきたのは、やっぱり浮かない声だった。


『それでもはいい顔しないと思うけどな。まぁいい。部活説明会を取り仕切ってるのは、その美夜だ。生徒会って事だな』


 ふむ、その可能性は考慮してはいたけれど。

 

「どうするのミコトくん。これって難しいんじゃ……」


 こいつの距離感は一体どうなっているのか、息も掛かるような場所でおれのケータイに耳を寄せていた日和沢はその顔を曇らせた。

 しかし、こいつにも美夜のイメージが正しく定着してきたな。あいつと交渉に行っても押し問答になる可能性が高いってわかってやがる。

 だが、逆に交渉相手はあいつでないと、こっちの希望を通せる可能性が下がるというのも事実だ。

 顔も名前も知らないちょっと立場のありそーな教師とかだったら門前払いの可能性大だからな。

 それでも一筋縄でいかなさそーな事には変わりはねーけど。

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