第三四話 部活説明会(1)
「おまえ、部活説明会に出る気はあるか?」
「……はい?」
翌月曜日。その早朝の事だった。
日和沢が登校して姿を見せてすぐに、おれは挨拶も前置きもなしにその提案を持ちかけた。ホームルームが始まるまで三十分ほどの時間があり、教室内の人影はまばら。朝という時間のせいか、数人が交わしている会話も至って慎ましやかだった。
そんな中で唐突に持ちかけられたおれの提案に、日和沢はほぼ九十度に首を傾げてサイドテールを垂らした。
無理もない。
部活説明会というのは、新入生の部活動選択の参考にと、既存の部活動が新入生へのアピールを行うために催される披露会であって、現時点で設立が成されていない部活動に参加権はない。
日和沢も、元から各部活動のパフォーマンスを見物するだけの立場だ。
そりゃそんな間の抜けた反応にもなる。間抜けた事をほざいているのはおれのほうなのだから。
だが、それでもおれは間の抜けた言動を続ける。
「何か一曲でいい。部活説明会で披露する気はねーかって訊いてんだよ」
「いやいやいやいや!」
ようやくおれの言っていることを理解したらしい日和沢は、血相を変えて突っ込んできた。教室内のまばらなクラスメイトが何事かとこちらを振り向いたが意図的にスルーする。
「え? ちょ……は? えと、ちょっと待って。どうして急にそんな話になってるの?」
声量を落として冷静になろうとしているのは伝わってくるが、額に脂汗が浮き始めているし、眼も泳ぎまくっていた。
まぁ確かに、唐突な上に色々と説明をハショリ過ぎたのも事実だ。
おれはもう少し段階を巻き戻して仕切り直す。
「軽音部再建の話、これからどーするつもりだったんだ」
「えと、また頑張って勧誘に行こっかなぁ、って」
「また声を掛けに行っても同じだろ。おまえ、その辺のヤツらが心変わりするよーな事、何かしたのか?」
「う……、それは……何もしてない、けど、今度はもうちょっと詳しく話聞いたりして、断る理由とか……何とかできそうなら、って」
「それで心変わりするよーなヤツは、同級生を勧誘しに行った段階でもっと好感触があってもいーだろ。勧誘始めたばっかの頃はまだ先代軽音部が起こした例の事件は広まってなかったんだから。けど、おまえの話じゃ、最初からそんな反応見せてくるヤツはいなかったんだろ?」
「……まぁ」
「だったら望み薄だろ」
キッパリとそう突きつけると、日和沢は視線を伏せて黙した。そうされたところで、おれの目線からはその表情は大体見えてるんだけどな。
そんなどこか泣きそうな面持ちに日和沢に、おれは容赦なく続ける。
「まぁ、おまえがそう言うならおれは別にいい。本当に意味がないかもわからねーしな。ただ、あんまりそこだけに賭けるのはやめたほうがいーんじゃねーか?」
残り時間は限られている。
おれの意味ありげない物言いに日和沢が伏せていた視線を上げる。
「おれとしては勧誘や宣伝は十分に行き渡ったと思う。高校生なんてタイムリーなネタを噂せずにはいられねーんだから、おまえが軽音部の再建を狙ってることなんて、もうとっくに勝手に全校生徒に広まってる」
「うぁ……」
「だからあとは、実演をして見せるのが一番、人の心変わりを狙えるんじゃねーの?」
それを口にすると、日和沢の眼は一瞬だけ見開かれたが、すぐに消極的に揺れ始めた。
「でも、それって、あたしが一人でライブやるっていうことだよね。他のパートとか楽器とかどうするの?」
「そういうのって今時はいくらでも作れるじゃねーか。その辺りの環境はおまえんトコにもそれなりに整ってるだろ?」
「それなりに色々揃ってはいるけど……え? 何で知ってんの?」
「……勘だ」
「え~?」
疑念がたっぷり詰まった視線を向けられ、おれは眼を逸らす。
窓の外には続々と登校してくる生徒たちが途切れることなく校舎へと吸い込まれていくのが見えた。
「おまえみたいなヤツの家にはそういう機材が揃ってるって相場が決まってんだよ」
「決まってないよ! お金掛かるし、揃えてない人もいるよ!」
「とーにーかーく」
と、おれは強引に話を戻す。あまり深堀りされたい話でもない。
「やるのかやらねーのかどっちなんだよ」
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