第十一話 立ち込める不安(1)

 まったく、大して安静にするよう厳命されているわけでもないのにまだ食堂にすら足を運んでいないなんて、正気かこいつ。

 何のために入院してんだ。


「いや、間違いなく病院を探検するためじゃないからね? あと、こんなに病院中くまなく散策するのはミコトクンくらいだって、看護師さんたちも話してたよ」


 そんなツッコミを甘んじて受け入れながら、おれはこの病院の収容施設に関して記憶を巡らせた。

 現在おれたちが入院しているここ、瀬木センター病院は総合病院だ。診療科の数も病床の数も一般のクリニックよりも多く、様々な施設、設備を擁する。

 まっすぐ六階に向かうのもありだが、それだと味気無さすぎるだろう。院内を案内してと求められた以上、もうちょっと意義のあるものにしてもいいはずだ。

 医療施設に関してはあまり物見遊山ものみゆさんで見て回るのも不謹慎だろうが、見識を広げるため、後学のために見ておくのはさほど責められることではないはず。


 ……なんだけど、さて、どうすっかな。

 看護師や医師らの邪魔にならないようにとまで考えると、自然、だいぶ限られて来るわけだが。

 いつものおれのお気に入り穴場スポットの存在する三階は、地上六階地下一階で形成されるこの病院の、大体真ん中辺りに位置している。

 食堂と展望台を兼ねた六階はシメに回すとして、まずは少々湿っぽくなりそうな下のほうから行くとするか。


「でもよ、あんたも検査のために入院してんだから、地下一階と一階は大体網羅してるよな?」

「あー、たぶん。なんかもう何となくわかっちゃってる気がする」


 その2フロアは、外来患者も含めた病人怪我人に向けた診察室や検査設備が大半を占める。

 外来による健康診断や定期検診、あるいは入院患者によって利用されるCTスキャンやMRIなどが常設されていて、奥の方には手術室などもある。……が、さすがにそこは案内できない。

 結果、まずおれは二階にあるリハビリ施設から茅野を通すことにした。


「リハビリ施設っていっても、この病院には二種類あるんだけどな。外来を含めた軽症者用の施設と、リハビリがかなり難航するだろーと思われる重症者向けのものと。ここは軽症者向けの施設だな」

「へー、広ーい」

「ま、平日で人が少ないってのもあるけどな」


 茅野が声量を抑えながらも感嘆の声を漏らしたよう、そこはテニスコート二つ分以上ありそうな広い空間だった。

 歩行能力の快復をサポートする平行棒や、捻挫や靭帯損傷などの治療に一役買う電磁式の治療装置、マッサージ用のベッドなどが複数ある。

 天井は低いが、おれが補足したように平日で利用者が少ないので、余計に広く感じるんだろう。


 ざっと数えてみたものの、利用者と思われるのは三人しかいなかった。おそらくはみんな入院患者だろう、寝巻きやジャージなど、ラフな出で立ちが目立つ。

 それぞれ一人につき、病院側の補助スタッフが一人ずつ。 

 入り口でざっと眺めているおれたち二人を除いて、合計で六人だ。

 軽症者向けゆえか、あまり緊張感は感じられず、締まっているのか緩んでいるのかよくわからない、ほどよい空気感が漂っていた。

 

「おー、ミコト君、交際開始早々さっそくデートか?」


 入り口近くの、スタッフ用に設けられた小部屋のカウンターのようになっている正面の向こうから、一人のスタッフが親しげに声を掛けてきた。が、よく知らないスタッフだ。

 ここはあまりおれには縁がない施設なので、おれはリハビリ専門のスタッフとも関わりは薄いのだが、向こうはおれのことをよく知っているのだろう。

 茅野いわく、おれは有名人らしーからな。

 つーか、これってはたから見てもデートに見えんのかな……。

 この病院案内が。


「まーな」


 おれがそう答えると、隣でどこか申し訳なさそうに顔を俯ける茅野が視界の端に移ったが、特に気にせず続けた。


「……意外と普通に返すんだな。もうちょっと照れ笑いとか返ってくるもんだと思ってたよ」

「おいおい、おれももう中三だぞ。そのくれーで動揺するかっつーの」


 偽装関係だしな。


「可愛げがなさすぎる……」


 だからもう中三なんだって言ってんのに……。

 ま、あまり頻繁に顔を合わせるわけじゃないしな。

 おれの人となりも深くは知らないんだろう。

 そうやって挨拶程度に二、三やり取りを交わしてスタッフルームに引っ込んでいったスタッフを見送って茅野に視線を戻すと、酷く感情の感じられない無味乾燥とした面持ちでリハビリルームを眺め回していた。


「ここって怪我人ばかりが使うところじゃないんだよね?」

「ま、そーだな。脳みそ関係の疾患なんかの後遺症で身体機能に障害をきたしたりした患者なんかも利用するな。がん関係もまぁ、たまに聞かねーこともねーけど。その辺りは大体、重症者用のほうだな」

「私も、いつかここ……か、そっち使うことになるのかな」


 たまに美夜のようになる無味乾燥としたその面持ちからは何も読み取れるものはなかったが、そんな将来を不安視していることだけは即座に察せられた。

 ので、おれは即座に手をヒラヒラと振って否定してやった。


「ねーねー。素直に医者の言うこと聞いてりゃまずねー」

「軽っ! そんなのわかんないじゃん! 悪化に悪化が続いたら……」


 おれはそんな泣き言に思わず溜め息を漏らす。

 出来るだけ深呼吸に偽装したつもりだったが、どこまで効果があったかは怪しいところだった。


「……ねーな。ほら、次行くぞ」

「…………」


 何事にも例外はあるということは言明しないでおいた。

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