第十一話 立ち込める不安(2)

 入院患者が入院するためのフロアは男女で分かれ、五階がまるまる女性専用、三階がまるまる男性専用、四階が男女兼用となる。

 兼用と言っても、さすがに病室ごとに男女で分けられるが。

 それがさらに四階の東の方と西の方で大雑把に分けられている感じだ。

 そこで各階、さらに個室待遇となる患者と大部屋に押し込まれる患者でざっくりとエリアが分かれることになる。

 昔のおれは三階の個室だった。

 それが今や、おれの身体もまぁまぁ経過良く成長、快復してきているため、大部屋に移されたわけだ。確か小四の頃だったかな。

 

 で、現在三階を案内中。

 男くさい魔物の巣窟といって差し支えないかもしれないここは、茅野からしてみれば未知の領域だろう。

 エレベーターを降りるとき、どこかおっかなびっくりといった感じで死角からフロアを覗き込みつつここに足を踏み入れていた。

 茅野が廊下を歩きながらもの珍しげに周囲に視線を巡らせながら言う。


「いや、でももっと男くさいと思ってたよ。お父さんの加齢臭とかプンプンにおうかと思ってた」

「病院を何だと思ってんだあんたは……」


 廊下を歩くおれたちとすれ違う患者は、全員が男だ。

 ちょいちょい女性看護師の姿も見られるが男性看護師もいるので、患者と合わせれば男の比率が圧倒的に多い。

 そのほとんどが、おれたちに奇異の視線を向けてくる。

 中には嫉妬の感じられるものもあり、それが『星名ミコト交際開始事変』に端を発するものだということは容易に想像がついた。まぁ二人揃って歩いていんだからしょーがねーか。偽装関係だけど。


 茅野はと言えば、そんな誰かが近づいてくる度におれに距離を詰めて不安げにジャージの裾を摘まみ、通り過ぎれば再びほんの少し距離を開ける、というのを繰り返していた。

 三、四人が十分にすれ違える程度の広さがある廊下だが、左右が塞がれているというのは心理的に心細いものがあるのかもしれない。


「……さっさと上行くか」


 この階の案内は茅野自身が願い出てきたことだが、あまり見所みどころがあるわけでもないし、もう次に行ってもいいかもな。

 メインは六階の食堂なわけだし。

 そう思っていたのだが、当の茅野は微かに稚気ちきを覗かせて言った。


「ね、ミコトクンの部屋も見せてよ」

「大部屋だぞ。見ても面白いもんなんか何もねーと思うけど」

「いやー、そんなことないでしょ。私物とかあるでしょ」

「まぁ、あるっちゃあるけど」


 なんか、すげーぐいぐい来んな。

 普通は異性のプライベート空間なんて尻込みすると思うんだけど。

 とはいえ、そこは個人のプライバシーを覗き見ることのできるスペースでありながら、完全に個人の私室というわけではない。

 仮に個室入院だったとしても病院であることに変わりはないし、そんな中間領域的な印象が茅野の気持ちを大きくさせているのかもしれなかった。


「はい、じゃあ決定。ミコトクンの部屋にゴー」

「まぁ別になんの問題もねーからいーんだけど、それならもうちょっと早く言ってほしかったな。ついさっき通り過ぎちゃったじゃねーか」

「あはは、ごめんごめん」


 おれは踵を返し、茅野を引き連れながら今しがた歩いてきた廊下を戻る。

 おれが一つの大部屋に足を突っ込んだのは、十メートルほど戻ったところだった。


「ここな」


 入室した途端に集まる不躾な視線。

 すぐに興味なさげに逸らされたものもあったが、いくつかはおれたちに留められたまま。

 まぁ見られているだけで特に何をされるわけでもないので無視する。

 こんなのはよくあることだ。

 同じように不躾に室内を眺め回していた茅野がぽつりと感想を漏らした。


「へぇ、ここがミコトクンが入院してる部屋かぁ。……なんかミコトクン浮いてない?」

「うるせーよ」


 入院患者六人が押し込められた大部屋。

 おれ以外の人間は全員成人男性で、確か一番若いヤツでも若くても二五だったはずだ。

 そんな中に、おれみたいな人間(最悪小学生に見られる)がいたらどんな印象になるか。

 ……いや、うるせーよホント。

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