第七話 病院から始まる? 偽装交際(2)

 おれはあんぐりと開いた口もそのまま、果たして晴天の霹靂を食らった幼馴染み君はと見てみると、たぶんおれと同じような表情で驚愕を露にしていた。

 そして返す言葉を喪失しながらも今カレ(仮)の全身を眺め回した後、改めて元カノちゃんに向き直って言った。


「し、小学生じゃねぇか……彩夏、さすがにそれはどうかと思」

「中学生なんだよ! しかも三年生な! あんたらとイッコしか違わねーんだよ!」

「なん、だと……!!?」

「さっきより驚いた顔してんじゃねーよ!!」


 今は他に優先するべき事案があんだろーが!

 おれのビジュアルと実年齢との差異よりもよ!


「ちょっと彩夏、これは一体どういうことなんだ? ちゃんと説明を……」


 幼馴染み君が元カノちゃんに詰め寄る。

 見切り発車だったのか、しばし黙したままの茅野だったが、ややあってしどろもどろに口を開いた。


「ミ、ミコトクンとはお互い本が好きで、き、気が合うし、話してて楽しいし、同じ入院患者同士……き、傷を舐め合うこともできるし」

「…………」


 最後の理由が酷い。

 それ言語化しちゃうのかよ。

 仮にも物書きならもっと他に言い様があるだろ……。 

 しかし唐突に観客席からステージに上げられたおれは幼馴染み君以上にここで振る舞うすべなど知らず、ただその真意を問うための視線を茅野に送ることしかできない。


 その時だった。

 人間味に欠けたような無味乾燥とした声が割って入ってきたのは。


「ミコト、それはどういうこと? おねえちゃんは何も聞いてない。ちゃんと説明して」


 振り返れば姉がいた。

 ……ややこしいのが来やがったよもう!

 つーか、なんでこいつがここにいるんだ! アポなしで来るのはいつものことだが、学校はどうし……あ、もう夕方か。

 入院が続くと学校生活のタイムスケジュールがわからなくなってくるんだよな。


 それはともかく、こいつがこの話を聞いてないのは当然だ。

 何せ当人おれすら今初めて耳にしたんだから!

 色々と訂正したり弁明したり突っ込んだりしたい気持ちに駆られるも、茅野には何かしらの思惑があるんだろう。故に軽々けいけいにそれをするのもはばかられ、頭を抱えながら出掛かったツッコミを飲み込む。


 そんなおれの葛藤など露知らず、挨拶でも必要だと思ったのか、茅野が今カレ(仮)の姉に向き直る。


「ミ、ミコトクンのお姉さんですか。は、初めまして、私、ミコトクンとお付き合いさせて頂いて……」


 しかしそれは火に油を注ぐ行為に他ならなかった。

 やってることは礼儀正しいんだけど逆効果なんだよなー。

 そんでもってこれ消火すんの誰なんだろーなおれですよねそーですよね!

 そりゃ美夜のキャラを知らねーんだからしょーがねーけど、もう洗いざらい全部ぶっちゃけちゃおーかな!


「あなたにお義姉ねえさんと呼ばれる筋合いはない……」

「おまえは勝手に変な脳内変換をするな!」


 いや口語なんだからこいつがどういうつもりで『おねえさん』を口にしたのか確証はないが、これでもおよそ十五年一緒にいる間柄だ。そんなのは手に取るようにわかる。


「あ、彩夏、嘘だよな? だって俺まだ……」

「さぁミコト、説明して」


 そして幼馴染み君とおれの姉がそれぞれ当事者に詰め寄る。……え、当事者? おれも?

 そんな困惑満載の視線とすがるような茅野の視線がかち合ったが、いや、助けが欲しいのはおれだわ。

 こっちは言わば被害者だぞ。

 何で濡れ衣で被告席に立たされなきゃいけねーんだ……。美夜の視線が鬱陶しい。

 茅野が何を考えてるのか全然わか……まぁわかんなくはねーけど、その思惑を否定するのを自制するだけでいっぱいいっぱいだわ。


 そうやって自分で自分を追い込み続けたおれの彼女(自称っつーか詐称)は、やがて溜め込んでいたものを噴火させるかのように爆発した。


「あーもう! とにかく遊飛ゆうひとはもう終わったんだし、今はミコトクンと付き合ってるの! 理由はさっき言った通り! これ以上は何も説明することなんてないから! はい終わり! もう帰って!!」


 その激昂が茅野の拒絶をこの上なく物語っていて、それが沈静化するや否や、人気ひとけのない休憩スペースには静寂が降りた。

 それでも幼馴染み君にきびすを返す気配は見られず、なおも詰め寄ろうとする――そこに。

 

「その辺にしといた方がいい」


 おれはすかさず口を挟んだ。

 その場のすべての視線がおれに集まるのは必然だった。


「初期検査の入院とはいえ、あまり肉体的にも精神的にも疲労を与えるのは良くねーだろ。今日のところはマジでこれくらいにしといて、また後日改めて話すことにしねー……しませんかね」


 こっちとしても、茅野の思惑に乗るにしろそれを蹴り飛ばすにしろ、色々と意思の統一を計っておく必要がある。

 それでも幼馴染み君は釈然としない面持ちを見せていたものの、


「そうだな……じゃあ彩夏、また明日来るから」


 と言い残して、ようやくおれの憩いの場から去っていった。

 その際、おれの傍らを通った元カレ君の視線からは、応援されているようなやっかまれているような、何とも言えない含みを感じた。

 ……ふぅ、なんかもうホント、踏んだり蹴ったりだな。

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