第八話 修羅場が終われば、さぁ修羅場(1)

 茅野の幼馴染み君はこの場を去ったが、しかし去らずに残った無関係者が一人いた。


「ミコト、説明して。そこの虫は一体どこの誰? 防虫作業が行き届かなかったのはおねえちゃんも反省してるけど、きっとまだ間に合う。実害が出る前に何とかしないと」


 そんな暴言を吐いたのは誰あろう、おれの実姉じっし星名美夜ほしなみやだった。

 髪は自然体の黒で身なりにもまったく飾り気がなく、装飾品の一つも身に付けていない、どこにでもいる平々凡々なビジュアルの女子高生。

非常に憎たらしい割高な身長の持ち主であること以外は、だが。


 暴言を吐いている間、美夜の視線は茅野に固定されたままだった。

 その視線は常とまったく変わらない平坦なそれだったが、一種淀んだ警戒心が込められているのは茅野も察しているようで、気圧されているようにその顔には緊張が浮かんでいる。

 この二人、同い年のはずだが、既に立ち位置は決してしまっているように見えた。

 ……まぁしょーがねーか。仮にも健常とは言えない他人様ひとさまの弟を厄介事に巻き込んだんだから。


「お姉さん、これは違うんです。諸事情あって、ミコトクンには私との恋人関係を偽装してもらってるんです」

「あなたにお義姉さんと呼ばれる筋合いは」

「それはもういい……」


 美夜はちらとおれに流し目を送っただけでそれ以上そこを追及するつもりはないようで、大人しく本題に話を戻してくれた。


「意味がわからない。つまり、お互いに好きでもないのに付き合ってるってこと?」

「付き合ってるていを装ってるってことだ」


 まぁ、なし崩し的に、だが。

 美夜は表情一つ変えずに首だけ傾げた。

 おれだって今さっき何の前触れもなくその話を聞かされたばかりだし、未だに事後承諾もしていない。

 まぁ、こうなるとこの件が一段落するまで続けないと余計拗れるような気もするし、未だにどんな問題が起こっているのかいまいち不鮮明で判然としないが。


 それでもぼんやりと見えているものはある。

 おれが巻き込まれたことに一向にクレームの一つも口にしないからだろう、茅野はぽかんとアホみたいに口を開けておれを見ていたが、安心しろ、今から徹底的に責めまくってやる。

 

「で、あんたは何で急にそんなことを言い出した。そんなにあの幼馴染み君と別れたいのか」


 せめて態度だけでもデカく見せよーと腕を組み、足を組み、ヤツの頭部を射抜かんとばかりに視線を尖らせ、声にも最大級の険を込めて……誰が態度だけデカいチビだ。

 おれが追求すると罪悪感はあったのか、茅野はいそいそとおれの前に膝をついて正座の体勢を取り、ばつの悪そうな顔を逸らしながら言った。


「そうよ、だってあぁでも言わないと諦めてくれないでしょ?」


 僅かばかり、開き直ったような顔と声色だったが、「……あれ、幼馴染みって言ったっけ?」と首をひねる。

 まだ隠し通せると思っていたようなそんな疑問は右から左に受け流して、おれは先の反論に対して反論する。


「ちゃんとした理由を言ってねーからだろ? そりゃ、あんたへの好意が残ってるなら食い下がってくるわな」

「…………」

「どーしてそんなに諦めさせたいんだ」

「それは……わざわざ言わなくてもわかるでしょ? ミコトクンなら」


 ま、そーだな。

 確かに見当はついている。

 おれとしたことが、あの幼馴染み君と同じ愚を犯すところだった。


「唐突に背負うことになった重病のせいで、この先ずっとすげー面倒を掛け続けることになるかもしれないから、か」

「…………」


 肯定はなかったが、否定もなかった。

 ただこちらに目もくれずに沈黙を貫くその態度がすべてを物語っているように思えた。

 よくある話だ。

 つーかたぶん、永い時を誰かと共にいたいと願うのなら、程度の差はあれ、ぶつかるべくしてぶつかる壁なんだろーな、これは。たとえ健常者であっても。


「いっそその事情を打ち明けちまえば、あっさり手ぇ引くんじゃねーの? 察するに、あんたがどーして入院することになったのかもはっきりわかってねーんだろ? あっちは」


 その辺りをつまびらかにしてしまえば、めんどくせー、とでも思って。口には出さねーだろーけど。

 茅野から返ってきたのはふるふると首を横に振るジェスチャーだった。


「あいつの性格からして、それはない。ずっと一緒にいたんだもん。それくらいわかる。あいつはどれだけ面倒な思いをしても私と一緒にいることを選ぶ」


 何やらずっと思い詰めたような表情で至極真面目に語ってくれたが、それを聞かされたおれとしては突っ込まずにはいられなかった。


「……あんたさ、自分でどんだけこっぱずかしいこと言ってるかわかってる?」

「べ、別にそんなんじゃないし! わ、私はただ客観的な事実を口にしただけなんだから!」

「…………」


 おれの指摘で茹でダコのように頬を紅潮させた茅野に思わず嘆息し、呆れた眼差しを向ける。

 まぁ確かにおれにはあの幼馴染み君の人となりはわかんねーからな。

 ……ったく、幸せなのかそーじゃねーのか、よくわからねー身の上だなホントに。


「つーか白血病も、今じゃ早期発見さえかなえばそんなに難しい病気じゃねーはずなんだけどな、確か。たとえ完治できなくても上手く付き合っていけるレベルだったはず。若い内の発見なら尚更なおさらな。そんなに重く考える必要ねーんじゃねーの?」

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