第三話 執筆少女(2)

「うわぁ、聞いてた通り、本当に小さいんだねぇ」

「小さいって言うんじゃねーよ」

「おぉ、小さいって言ったら怒るっていうのもホントなんだ!」

「なんでそんなことにちょっと感動してんだ!? 感性どーなってる!」

「いやぁ、ごめんごめん。色々と聞いてた通りだったからつい」


 きっとあることないこと色々と吹き込まれているんだろーけど、こいつは一体何を聞かされたんだろーな。

 おれは悶々とした気持ちを抱えながらも座面から浮かしかけていた腰を再び落ち着けた。

 ついでに深く息を吐いて気持ちも落ち着ける。


「で、あんたこそなんだ、あんま見かけねー顔だけど」


 日中、おれは大抵ここにいるか院内をさまよっているかしているので、ここの入院患者の顔ぶれは大体記憶している。

 その記憶に言わせれば、この女の顔には見覚えがない。

 女は眼を細めるようなどこか大人びた笑みで名乗った。


「私は茅野彩夏かやのあやか。高一。昨日からここに入院してるの。よろしくね」

「あぁ、よろしく」


 入院患者という身の上からかメイクなどはしているようには見えず、髪型のスタイリングも最低限に済ませているようだが、頬杖をつき、眼を細めてこちらに微笑みかけてくるその様子には妙な色っぽさと落ち着きがあった。まさに年上の女といった感じだ。視線を交えることに若干の気後れがあるのを自覚せずにはいられず、思わず視線を反らそうとしてしまうのを理性で抑え込む。


「勉強って、受験勉強?」


 茅野がちらとおれが着いている机の上に視線を流した。


「まぁ予習復習、諸々コミコミだな。新年度初っぱなから授業出られてねーから。そーいうあんたは?」


 おれの目線からでは茅野の目の前にあるノートPCの画面は角度が悪く、ほとんど確認できない。

 正直に言えば、この年上の少女がこんな人気ひとけのないところで何をやっていようがあまり興味はなかった。踏み入るべきではない可能性も考慮に入れてはいたのだが、そもそも向こうが先んじて踏み込んできた話だ。

 それにおれのお気に入りの場所に突如現れた新顔でもある。これからここで度々顔を合わせることになるのであれば、色々と配慮する必要が出てくる可能性もある。

 逆に知っておくべきだという考え方もできるだろう。

 すると案の定というか、当人は微妙に煮え切らない態度を返してきた。


「あー……えーっと……、学校の授業で必要な資料を作ってる……かな?」

「…………」

 

 嘘だな。

 宙に向けた視線を泳がせながらしどろもどろに答えるその態度からはそうとしか思えなかった。 

 とはいえ確証なんてあるはずもないので、おれは、


「ふーん、新年度始まって間もないってのに大変だなー」


 と皮肉げに言って含みのある視線を返すという、どっちとも取れる反応を示しておいた。

 一挙手一投足から読み取れる反応を見逃すまいとするおれの眼差しに茅野は鼻白んだ様子だったが、こっちの手元にあったあるものを見つけると、すぐにそこに話題を逃がした。


「あ、そういうの読むんだ?」


 茅野が水を向けたのは、おれが暇潰しのために勉強道具に混ぜて持ってきた、一冊の本。

 何の変哲もない、どこの書店にでも売っているエンタメ小説だった。


「まぁ暇潰しにな」

「読書とかするほう?」

「まぁ暇潰し程度に」


 一度目とほとんど変わらない解を返すおれ。


「文芸部でもあるし」


 加えてそう補足すると、茅野の顔がぱっと華やいだ。


「おぉ、文芸部! いいね! 活字離れの著しい昨今にキミみたいな子がいてくれてお姉さんは嬉しいよ! じゃあもしかして書くほうもしたりするのかな!?」


 明らかにテンション変わったな、こいつ。

 おれはやや気圧けおされながらも質疑に応じる。


「いや、おれは書くほうはしねーな。もっぱら読むばっかりだよ。まぁ他の文芸部員は書くこともするみてーだけど」

「じゃあそういう人間にたいする偏見や侮蔑みたいなのはないタイプ!?」

「……まぁ好きならやればーんじゃねーのって思うけど」


 胸の奥に沸々ふつふつとあまりよろしくない予感が涌き出してくる。

 茅野はそれを裏付けるように興奮を大にしてノートPCをこっちに向けた。気のたかぶりを隠そうともしないその様子からはもう年上の女という雰囲気は吹っ飛んでいた。


「お姉さんはキミに出会えて良かったよ! 実は私、小説書いてるんだけどさ!」

 

 ほら来た!

 そんでもってこの趣味や夢をカミングアウトする場合、大体その意味は一つしかねーんだよな!

 おれは仕方なくこちらに向けられたノートPCの画面に視線を向けると、そこにはただただ文字の羅列が延々と書き殴られていた。


「いやー、なかなか打ち明けられる人が周りにいなくて困ってたんだよね! お母さんもお父さんも忙しくしてるし! 友達にもあまり本読むって人いないし!」


 まぁ気持ちはわかるけどな。

 このマイナーな趣味は暴露する相手を選ばなければ鼻で笑われること必至だ。

 それだけならまだしも、集団生活の場ではより多くの人間に広められ、不遇の集団生活を送るハメになりかねない。

 そんな境遇の中で、もしもその趣味を理解してくれる貴重な類友を見つけてしまったりなんかした日には――。

 おれはそろそろこの場からお暇しようと、広げていた教科書とノートを片付けようとしたときだった。

 バン!

 と横合いから伸びてきた手がおれの目の前の机上を叩いた。

 手の主を見上げると、その顔には見るも鮮やかな屈託のない笑顔がある。

 もちろん畳みかけていた教科書もノートもそれに巻き込まれ、帰り支度は中断を余儀なくされた。

 いや、人の物をぞんざいに扱うんじゃねーよ。


「ミコトクンはどんなジャンルが好きなの!?」


 互いの間にはテーブル一つ分を開けていたはずなのに、気付けばすぐ隣に年上の少女の顔があった。

 興奮醒めやらない様子でふんすと鼻息も荒く、おれは自然と顔を逸らす。


「あー、まぁエンタメ系ならなんでも。ラノベ寄りで純文方面はあまり、って感じかな。恋愛とか特に」

「そっか! じゃあこれを機に恋愛にも造詣を深めてみよう!」


 さてはやべーヤツだなこいつ。

 これを機にってどんな機だよ。

 いやもう何となく想像ついてるけどさー……。


「はい! 読んで! まだ途中だけど!」


 と案の定、茅野はノートPCを差し出してきた。

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