第三話 執筆少女(1)
おれがいくらこの病院における長年の超常連と言っても、周囲の顔ぶれは目まぐるしく入れ替わる。
当然の話だが、前回入院した時には居たヤツがとっくに退院していたり、逆に前回は居なかった新顔が見られたり。
今回の十日程度の入院期間の間にも、既にいくつもの顔ぶれが入れ替わった。それはあの大部屋に限っても同じ話で、人付き合いが苦手なおれにとってそれは苦痛でしかないことのはずなのだが、それでもなぜか学校という空間よりもこちらのほうが落ち着いてしまうというのが実情だった。
というのも、それぞれみんな、ここにいる人間なんて一過性の繋がりでしかないとわかっているせいか、患者同士で密接に関わろうとはしないからだ。
あるいは、入院という自分の現状が身の回りの誰かに迷惑を掛けているという引け目からそうさせるのか。
各々、自分に見合った距離感を他者と保っている。
学校と違い、毎日決まった人間とつるんでいる患者なんてほとんどいない。
集団の中で
それぞれ一時的にでも何らかのハンデを負うことになった、イチ個人の集合体。
ほとんどの人間は数週間も滞在することなく出ていく
そんな場所だからか、おれは学校よりもここの方が自然と周囲に溶け込めると感じてしまっていた。
そしてそんな関係性で形成される空間だからこそ感じる自由もある。
授業時間でもない故に病室に留まる必要性は皆無で、食事時や往診以外の時間であれば大体おれは院内を出歩いていた。
休憩スペースやロビー、食堂など、容態により制限されなければ患者の誰しもが自由に使える共用スペースというのが大きな病院にはある。
まぁ大抵、病院関係者や暇を持て余した入院患者が少なからず見られるのだが、中でもほとんど人が寄り付かない穴場というのをおれは見つけていた。
幾度となく度重なる入院経験の
エレベーターで三階に降り、小児科区画へと続く扉の前を左に折れる。
この時点で既に
そのまま少し進んで十秒も掛からずにたどり着いたそこは、院内のどこにでもあるような休憩用の共用スペースだった。
……が、すぐ隣が小児科という、入院患者の年齢が大きく変わる
廊下の横幅より少し開けた空間に円形のテーブルが三つと、それぞれのテーブルに三つないしは四つ程度のイス。
おそらくは看護師用のロッカールームからだとここの方が近いはずなので、桜崎にはここを指定したわけだ。水道も近くにある。
特にここに用があるわけじゃあねーけど、
勉強道具や本など、暇潰しの道具にも抜かりはない。
と、ここ最近は誰ともバッティングすることがなかったそんな場所に、今日は一人の先客がいた。
おれより少し年上……高校生くらいか、ラフな寝巻きに身を包んだ少女がテーブルの上に置いたノートパソコンと何やらにらめっこをしていた。
初見では何か小難しい顔をして悩んでいたかと思えば、ふと弾かれたようにノートPCのキーを叩き始める。ややあって再びその手を止め、また難しい顔に戻る。
どうにも取り込み中のようだったが、ま、別に問題はねーだろ。ここは共用スペースだ。
おれは少女が陣取る端のテーブルから一つ間を開けたテーブルへと腰を落ち着けることにした。
何やら集中している様子の少女の邪魔をしないよう、静かに椅子を引いて座り、ネックウォーマーの位置を少し上に正して勉強道具を広げる。
およそ一年後には受験も控えているので勉強しなければならないわけだ。
中二までの範囲なら余裕なんだけどな。
中三が始まってソッコーで授業に出られない時期が続いているので、その間の補填は必要だ。
そうやって五分ほど教科書とノートに視線を巡らせ、シャーペンを走らせという作業を続けていたときだった。
ふと視線を感じて顔を上げると、二つ隣のテーブルについている少女がじっとこちらを見ていた。
「…………」
はて何用かと視線を送り返すが、待てど暮らせどその用向きを明かす様子はない。
やがて反応が返ってきたのは、もう無視して勉強に戻るかとテーブルに向き直ろうとしたときだった。
「なにキミ? ナンパ?」
あらぬいちゃもんに理性がささくれ立つのは抑えきれなかった。
「なんでそーなる。見りゃわかんだろ、勉強してんだよ」
しかしこの女は少々お耳が弱いようだった。
「っていう
「中学生なんだよ! そんで来年から高校生なんだよ!」
そう言われちゃもう受験勉強どころじゃねー。
ぶっちゃけナンパ容疑を掛けられるよりも腹が立った。
女は「嘘でしょ……」と自分の信じてきた常識が根底から覆ったような衝撃顔で現実と葛藤していたようだったが、やがて何かに思い至ったかのようにパッとこちらに向き直った。
「あ、もしかしてキミが星名ミコトクン?」
「そーだけど……なんだ、おれのこと知ってんのか」
「そりゃあこの病院の有名人だからね」
女はどこか得意気にそう言って、おれは頭上を仰いで遠い目を放った。
……いやもうホント、何で名前だけ一人歩きしてるんだか。
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