第四四話 叫べ!(6)

 ステージの真ん中辺りに進み出て、セッティングされていたアンプにギターを繋いだ日和沢を生徒会のMCが紹介する。そして声高らかに軽音部(仮)のアピールタイム開始を告げ、袖へとけてくると同時に、現在、唯一の軽音部設立希望者は口を開いた。


「初めまして! あたし、軽音部を設立しようとしてる日和沢那由ひよりさわなゆっていいます。……あ、初めましてじゃないかな。声かけた人のほうが多いよね」


 どこかすっとぼけたそんな滑り出しに、決して少なくない笑いが館内に生まれる。

 悪くない。掴みとしては上々だ。

 と思いきや、日和沢はその面差しに僅かに陰を滲ませて視線を落とす。


「みんなもう知ってると思うんですけど、軽音部は去年の中頃まで活動してました。でも、なんか色々あったらしくて、その時に一回廃部になってます」


 館内が静まり返る。

 せっかく悪くないスタートを切ったというのに、それをふいにするかのような口上。だいぶボカした物言いだが、聴衆のボルテージを下げるには十分だった。

 

「そんな軽音部の印象は、決して良くないと思います。敬遠したくなる人がほとんどだと思います。実際、こないだ他の学校の人たちに絡まれました!」


 部員を募ろうというのにこんなことを打ち明けていてはマイナス効果になりかねない。

 が、これは二人で話し合って決めたことだ。

 すべて包み隠さず打ち明けて、それでも入部したいと思ってくれる人間を募集しよう、と。

 そうじゃないとフェアじゃない、と。

 後になって苦い顔されたり退部されたりしても困るしな。

 自分達にとって不利となる状況を作る。

 これは必要な前置きだった。


「それでもあたしは歌いたいし、バンド作って仲間と一緒に演奏したいし、こうやってステージにも立ちたい!」


 ステージ袖のこの場所からでは日和沢の横顔しか見えないが、険しい空気に包まれるオーディエンスの面前に立っても、気負いのようなものは生まれていないようだった。


「だから! もう、えと…………とにかく! 一曲聴いてください! それで、あたしと一緒にバンドやってもいいよっていう人は是非入部してください!」


 そして口元には笑みさえ見られるような顔で、愛しく慈しむようにギターを構え――。


「アゲインスト!」


 スタンドマイクを通して曲名を告げたその声はさほど大きくはなく、常よりも僅かに張られた程度の声量で、聴衆へ届けられ――。

 ギターの弦が弾かれたのとほぼ同時に、体育館のスピーカーが音源を放ち始めた。

 日和沢本人が奏でるギターとスピーカーから放たれる音源のユニゾン。部活説明会のステージとしては申し分のない、その数秒の前奏の後。

 日和沢はその第一声を響かせた。

 バラードのようにも聴こえるそれは、日和沢に言わせればロックだという。

 門外漢のおれはほんの一週間ほど前まで、ロックと言えばもっと激しい音調の曲のことを指すのだと思っていた。しかし、この日の日和沢のステージのことを模索して色々とこの分野に見識を広げるにつれ、思いのほかおとなしめの曲調でもロックに分類されるのだということを知った。

 そんな曲調の伴奏。そして歌声。

 それはここ一週間、耳にタコが出来るほどこの耳朶じだを打った歌声に似ている。

 それでもそこはかとなく自信を持って断言できないのは、それがこれまでに聴いた日和沢の歌の中で最も自信に満ち溢れていて遠慮を感じさせず、思いきりの良さを惜しみ無く全面に押し出した、過去最高のクオリティだったからだ。普段は迷走している音程も格段に安定し、明朗快活に響き渡っている。

 どこかがむしゃらで、自棄やけっぱちですらありながらも、すっと耳に入ってくる、ってくるような歌。

 もちろん、素人耳に聴いても粗探あらさがしなんてするまでもなく粗だらけ。

 しかしここ一週間をかんがみれば、この歌声が日和沢の喉から発せられているなんて、こうやって目の当たりにでもしないと到底結び付かない。

 曲が始まったばかりの頃には微妙な反応を見せていたオーディエンスも、気付けば日和沢の歌と共に合いの手や歓声、指笛なんかを響かせてこのステージに彩りを加えていて。

 それを聴いていると、おれの胸中にも安堵が広がるというものだった。


「…………」


 おれが日和沢に対して、余計なことを考えるのに向いていないと評した時、あいつは酷いと猛抗議してきたが。

 しかし何一つごちゃごちゃと理詰めで考えることなく、小難しく計算することもなく。

 大して練習や特訓なんかにも労を費やすことなく結果を出してしまう人間のことを、人は俗に天才って呼ぶんだよな。

 バカと天才は紙一重、なんていう言葉もある。

 まぁ、今目の前で繰り広げられているそれは天才と呼ぶには程遠い、素人のステージにしちゃ、かろうじて聴けるという程度の、ギリ及第点程度の歌だが。

 それでも、つい昨日までからはまったく想像のつかない変貌ぶりで、その歌声や歌い方なんかからは、やっぱりの妹だな、という感想を抱いた。十分じゅうぶん、姉のそれの面影がある。

 一先ひとまず、このステージはクリアといったところか。

 素人耳に聴いてもまだまだ拙さの目立つ歌声ではあるものの、しかしそれは今のおれにとって十分じゅうぶん子守唄として心地良く。


「わり、少し寝る」


 一つ肩の荷が下りた心地からか、おれは薄れゆく意識を繋ぎ止めようと張っていた気を緩めて。


「ん」


 という、息も届くような真後ろから降ってきた声を最後に、おれの意識は霧散した。

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