第三一話 それでも(5)

「てめぇら、こっちが下手したてに出てりゃ調子に乗りやがって……」


 茶髪野郎が怒りに震わせた声をこちらに向けてきたが、あれは下手っていうのか? 

 おそらくは何だかんだで執行猶予を与えてくれていたことを言っているのだと思われるが、そもそも逆恨みの濡れ衣だってことを認めろ石頭。

 こっちには誰一人病院送りにされる筋合いはない。


「あのちっさい子は俺がるから! 手ぇ出さないでよ!」


 と、おれを指名した金髪ひょろ長男の顔は、なぜか活き活きとした喜色に彩られていて意味がわからなかった。

 こいつは純血のサイヤ人か何かなのかな。

 そんなに戦うのが好きなら格闘技でもやればいーのに。

 しかし、そんな意思とは裏腹におれの口からはこんな言葉が飛び出してくる。


「よしその身長弄ちょうせんじょうり受け取った。入学二日目の篠崎みたいにしてやる」

「もう! すぐ身長弄ちょうはつりに乗る!」

「いい加減蒸し返すのやめろ! その度にお前に負けたこと思い出して軽く鬱になるんだよ!」

 

 おかしい。

 もうウケを狙う必要はないのになぜか自陣からツッコミが飛来してくる。

 しかし挑発に乗ろうと乗るまいと、これ以上はもう暴力沙汰を回避することは不可能だろう。篠崎はおれを背負って逃げおおせるのかね。おれの身体からだじゃ十メートルも走れないぞ。

 さて、それじゃあどうするかと、第二ラウンドの立ち回りを組み立て始めたその時だった。


「お前たち、そこで何してる!」


 と、よく通る明朗な声がこの場に響き渡った。

 その場の全員が声のしたほうを振り返ると、そこにいたのは市内にある別の高校の制服に身を包んだ男子。

 メガネの奥に潜む眼は切れ長で理知的でありつつも強気そうな力強さを放っていて、髪は誰が見ても好印象を抱きそうな落ち着きのある爽やかなセット。身長はこの年頃の男子にしては平均的で、身体の線は細いながらも芯が通っていて、立ち居振舞いは毅然としている。

 そんな、いかにも優等生然とした見知らぬ男子の傍らには、なぜかクラスメイトのエセ金髪ヤンキー、高上千馬たかがみせんまがいた。

 おもむろに近寄ってきて「や」と軽く手を上げて声を掛けてくる高上に「よ」と応えるおれ。


「こんなところで何やってるんだ?」

「久しぶりに中学時代にお世話になった先輩と会っててね。そこのカラオケで旧交を温めていたところだったんだけど……」


 高上はつい先ほどまで日和沢の憂さ晴らし会が行われていた店のほうを指して言った。

 たぶん、奇遇にもおれたちと同じ時間帯に別の部屋を取って利用してたな。

 

「ミコト君たちは一体何を? どうも険悪な雰囲気しか感じないんだけど」

「それがわかってて乱入してくるところさすがだよな。ちょっと先代軽音部の件で因縁を付けられたから相手してたとこだ」


 高上は苦笑いをこちらに向けて、


「まったく、君には穏便に事を済ませようという気はないのかな……」

「一応説明はしたんだぞ。おれたちは先代のことも去年の事件のことも何一つ無関係だって」


 篠崎がな。


「けど、こいつらはどーもおれたちの中から怪我人を出さなきゃ気が済まねーみたいだったから、仕方なくその相手してやってただけだ。まったく、暴力なんて野蛮だよなー」


 現在この場に居合わせているクラスメイトに加え、因縁を付けてきた男たちすら、じとりとした視線をおれに向けてきた。

 いや、だって、暴力沙汰にしたくなかったのはホントだし?


「お前たち、それは本当か?」


 おそらくは高上が言っていた先輩だろう優等生くんが、強気に眼光を鋭くさせて男たちに歩み寄った。

 狼狽していたのは茶髪野郎たちのほうだった。


「ち、違ぇって! こいつら軽音部がどうとか言ってたんだぞ! 無関係なわけねぇだろ!?」


 どうも初対面とは思えないやり取り。

 優等生くんとは既知の間柄か、もしかしたら同じ高校なのかもしれない。しかも力関係としては優等生くんのほうが上と見える。それが権力的なものにおいてなのか武力的なものにおいてなのかはわかりかねるが。


「そこに関しては俺の後輩から話は聞いている」


 優等生くんはチラと高上を一瞥いちべつした後、


「彼らは今年入学して新しく軽音部を再建しようとしているだけの、ただの一年生だ。去年の事件に関しては微塵も関わっていなかった可能性が限りなく高い」

「信じられるか! 無関係だとしても軽音部の再建なんて認められるか! 去年の関係者がまた入部したらどうすんだ!」


 あー、なるほど、それは考えてなかったな。

 日和沢がさんざん勧誘活動をしていて何の音沙汰もなかったからつい。

 けど、去年の一、二年生――現在の二、三年生の中には去年の事件の関係者がまだ残っている。そいつらがいつか心変わりして入部を希望してくる可能性はあるわけだ。

 優等生くんは腕組みして思索を巡らせた後、「ふむ」と顔を上げて篠崎に水を向ける。


「さすがにそうなると無条件で容認するのは難しそうだ。その辺、そちらとしてはどう考えているんだ?」


 篠崎はきょとんとして目を丸くした後、後頭部を掻きながら日和沢に視線を向けた。

 日和沢は「えと……」と考える素振りを見せたのも一瞬、すぐにその視線をおれに流した。

 結果として全員の注目がおれに集まった。

 何でやねん……。

 おれは盛大に溜め息を吐き出し、頭痛が差してきたような気さえするこめかみを揉みほぐしながら、考え考え対応策を練り出す。


「入部希望者の身元調査はする。一応生徒会長とはそれなりの仲だしな。去年の事件に関わってたかどーかはすぐにわかるだろ。そんで当事者だったら跳ねる。それでいーか? つっても仮の対応策だし、そもそも軽音部の再建が成るかどーかもわかんねーけど」


 優等生くんは再度腕を組んで形の良いおとがいに手を添える。

 数秒ほど黙考した後、おれを見下ろして結論を出した。


「わかった。それでいい。……お前たちもそれでいいな?」


 確認を向けられた茶髪男は完全に暗転しきった宙を仰いで葛藤するような歯噛み顔を見せたが、それもやがて軽い溜め息と舌打ちに変わった。


「わかったよ」


 と、ようやくのことその矛を納めたが――。


「えー、俺はまだその子と遊」

「いいんだよもう! 遊びてぇならまた今度にしとけ!」


 はた迷惑な駄々をこねたのは金髪ひょろ長男で、意外にもそれをいさめたのは茶髪野郎だった。

 それでもまだ釈然としないものが残っていそうな面持ちだったが、迸るような敵意を感じなくなったことで、おれ、篠崎、日和沢は思わず顔を見合わせて胸を撫で下ろした。


「ただ、軽音部の再建が叶った暁には細かい部分を協議させてもらいたい。生徒会を通してまたコンタクトを取るかもしれないから、そのつもりでいてくれ」

「わかった」


 その後、簡単に互いの自己紹介と挨拶を交わして優等生くんたちと高上は去っていった。どうも市内にある、お隣さんと呼んでもいいような高校の生徒会長らしい。生徒会長っていうのはあーいうヤツのことを言うんだろうーな。

 ウチの生徒会長とは大違いだ。

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