第二九話 虎穴に入らずんば(1)
昼食の後、おれの足はなぜか階下へと歩みを進めていた。
階下――つまりは二年生の教室のあるフロアへと。
数歩前には嬉々とした笑顔の中にもどこか緊張感を滲ませる日和沢と、それに乾いた笑みを返す篠崎の背中がある。
おれは自分がどうしてこんなことをしているのか未だ理解が追い付いておらず、そんな二人の背中に半眼を向けた。
「飽くまでおれは付き添いだからな。基本なんもしねーぞ」
「わかってる。でもわざわざ基本って付け加えてくれる辺り、ミコトくん優しいよね。何かあったらよろしく!」
なんかもうホント帰りてー……。
おれの気分は鉛でもけられたかのように沈んでいて、足取りは鉄球付きの足枷でも付けられたかのように重かった。
上級生のクラスなんて、おれだって多少は気後れするしメリットないし過保護な姉もいるし今朝の小人呼ばわりもあるしで、日和沢の道連れなんてこの上なく気が進まない。
それでも結局のところ、昼休みの教室で手を合わせて懇願し続ける日和沢とそれを突っ
目的地は美夜を含む上級生が
パーティはご覧の通り、村の元気娘とそれに気があるらしいリア充男と持病持ちという、最低限の人数編成。ジョブには問題があるかもしれないが、あまり多人数で行って上級生を刺激してもよろしくない。
上下関係とか年長者としての威厳とか、
おれが言うなという話かもしれないが、自分がやりたいようにやって招いたいさかいならともかく、他人の起こしたそれまで面倒を見たくはない。そう考えると篠崎も必要ないくらいだが、本人の強い立候補でこんな現状となっている。軽音部設立反対のこいつとしては、自分の目の届かないところで日和沢が何か行動を起こしていることが心配でしょうがないんだろーな。過保護か。
そもそも、どーして日和沢はここまでするんだろーな。その目的である軽音部の設立は、わざわざ上級生のクラスに
正直に言って理解に苦しむ行動力だが、ただ、なんか顔がマジな時があるんだよな。
さっき勝手に机をくっつけてきたときのように、どこか一歩踏み込みづらい雰囲気を纏っている時がある。
一体、何がこいつをそこまで突き動かしているのか。
そんなことを考えている内に、おれたちの足がとうとう二年生の階の床を踏んだ。ここまで詳しい段取りをまったく聞かされていないが、順当に考えれば、まずは二年生の教室に突っ込むのだろう。
このフロアへの階段を一段降りる度に、おれの胸中は憂鬱に染まっていったものだ。同時に、日和沢の顔も緊張の度合いを増していき、次第に強張っていった。何とか魔物とはエンカウントせずに済ませたい。
「えと……じゃあ、近い教室から行こ……っか」
言い出しっぺが完全に
表情筋が引きつり、手足の挙動も硬くなっている。そんな姿を見せられると、付き添いでしかないおれも気が気じゃなくなってくる。その内、おれが主導することになったりしねーだろーな?
やがて日和沢は決意を新たにしつつもロボットのような動きで、一番近い教室へと近付いていった。
クラスを示すプレートには『2ーA』とある。それはまさに
おれの足は無意識の内にこの教室から、引いてはこのパーティのリーダーから距離を取ろうとした。
が、おれのそんな動きは日和沢に
「ちょっとミコトくん、近くにいてよ!」
ぐいっと腕を引かれる。
途端、一瞬の浮遊感と共に自由を失うおれの小柄な身体。
思いほか引く力も強く、小人並みのこの身体はいとも
意外だったのは向こうにとても同様だったようで、おれの軽さにその眼が見開かれたのが見えた。
が、それも一瞬。
バランスを崩したおれはその勢いを止めることができず、そのまま行くところまで行ってしまう。
わっ、という驚きの声を上げた日和沢は、重心の崩れたおれを両手で支えながら気まずそうに言った。
「っと! ゴメン! 大丈夫?」
「何やってんだよオイ!」
「わるい……大丈夫。いーからさっさと済ませよーぜ」
互いの距離、ゼロ。日和沢の顔が直上にあると言ってもいいほどの近さで目が合う。
篠崎が羨ましそうな怒号を上げていたのですぐに距離を取って立て直すと、日和沢はどこか頬を緩ませ、サイドテールをいじいじしていた。
ややあって気恥ずかしそうに視線を背けたけれど、恥ずかしいのはおれのほうだ。
何しろ、身長的におれの顔の位置から真っ直ぐに行くと、そこには包み込むような母性の象徴、胸がある。
人目も少なからずあった。主に上級生の。
これでまた小学生みたいだの子どもみたいだのというイメージが広がってしまうだろうことを思うと帰りたい気持ちが強くなった。が、目の前で気持ちを入れ換えている日和沢を前にすると、それも
仕方なく、リーダーの意気に合わせて2ーAの教室へと向き直る。
昼休みということもあり、人の出入りが多いせいか、教室のドアは開け放たれていた。室内からは談笑する何人もの声が漏れてくる。
おれと日和沢が二人で室内を覗き込むと、そこに広がっていたのは何とも平凡な昼休みの一幕。一年生の教室と何ら変わらない。おれは素早く視線を走らせて
まったく心臓に悪い。ゾンビもののホラーゲームでもプレイしている気分だ。
「よし」
そんな声が真上から降ってきたかと思うと、いつだか高上と音楽室を覗いていたときのポジショニングだった。妙に柔らかい感触が背中にあって気分は落ち着かない。
この近さに
「つ、ついて来てね」
と、意を決して言った。
そんなリーダーを見た篠崎は複雑そうな面持ちだが日和沢を止めようとはしない。
日和沢が目の前の教室へと一歩を踏み出した、その時だった。
「あなたたち、ここで何をしているの?」
気づけば教室の入り口に立っていたのは、先日、渡り廊下での
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