第二八話 意を決して

 そんなこと頼まれても、って感じだった。

 おれとしては特にやめさせたいと思っているわけではないし、篠崎にも言ったが、どちらかと言えば好きなようにやらせてやればいーんじゃねーのってタイプだ。あいつはそれを無責任だと批難したが、日和沢は何も人として良識を外れた行為に踏み切ろうとしているわけではないし、そもそも自分で起こした行動の責任は自分で持つべきだろう。

 おれ自身、結構好き自由にを通させてもらっている自覚があるということもある。

 そんなおれに、純粋にやりたいことをやろうとしている人間の意志を折れって言われてもな。

 それに、あいつはえらくおれを持ち上げていたが、自分達の関係を壊したくないからという理由も考えられるような気がしていた。

 好意を抱いている相手に反目するようなことを口にすれば当然、少なからず空気は険悪になり、関係に溝ができて亀裂にまで至ってしまうかもしれない。

 だから、自分達のコミュニティの外部にそれを依頼する。

 なんか謝罪代行業みてーだ。

 もちろん篠崎が本当にそんなことを考えているのかはおれの邪推でしかないし、おれもそんなに本気でそう思っているわけでもない。

 そんな冗談半分の勘繰りをしながら四時間目を過ごし、チャイムが鳴ったと同時におれは弁当を取り出して広げた。

 ぼっち街道を踏み外す気配のない昼休み。

 一人で昼飯にありつくおれの机に、コン、と右隣の机がくっつけられた。

 悠々自適なぼっち弁当に興じているおれの昼休みを邪魔するのはどこのどいつだと見上げると、そこにはサイドテールを揺らす日和沢がいた。

 その顔には今朝方の一件による消沈したような色は既に薄れ、代わりに何か考え事に耽っているかのような無色透明な面持ちがある。おれと目を合わせようともせず、しかしただ黙々とその手と体だけは勝手に昼休みの相席の場を形成し続け、ついには腰を落ち着けてしまった。

 さらに付け加えれば、コミュりょくの化身とも呼ぶべきこの女の相席相手がおれ一人だけで済むはずがない。さも当たり前のように、隣に篠崎が陣取った。……なぜか日和沢の隣ではなく、おれの左隣に。

 嫌だなぁ、この陣形。

 おれの席は最前列なので多くのクラスメイトに後ろからこの光景を見られるハメになり、そしておれが日和沢と篠崎に挟まれたこの陣形配置にはこんな懸念が脳内に渦巻いてしょうがない。

 これ、身長や体格的に親子に見られてねーかなぁ。ホント、マジで嫌なんだけど、このポジショニング。

 不安に思ってそろ~っと背後を盗み見る。

 おれの真後ろには日和沢と篠崎のグループが席を広げていた。

 ……どうやらおれは知らない内に包囲され、退路を絶たれていたらしい。

 つーかその辺の席、おまえらの席じゃないはずなんだけどなぁ。


「ちゃんと本来のその席の持ち主に許可取ってんだろーな……」

「取ってるっつうの。ここのヤツら、いつも後ろのほうで食ってるしな」


 答えたのは篠崎だった。

 妙に静かな逆隣ぎゃくどなりを見るとまだ黙したままで、弁当用のお洒落な保温バッグを開けてもいない。

 静かなのは良いことなので放っておく。


「おい。今朝の話」


 低く声量を抑えられた声と共に腕の辺りを小突かれる。

 おれがまだ日和沢に話していないことを咎めているのだろう。

 それを遂行する義務はないはずなんだけどな。

 メリットもない。

 どうやってはぐらかそうか考えていると、ついに考え事を終えたらしい逆方向の隣から、こんな重々しい声が聞こえてきた。


「あたし、もうトッコーしようと思うんだ」


 振り返ると、声の主はなぜか神妙な面持ちのゲンドウポーズだった。考え事をしていたら無意識の内にそうなったのだと思いたい。

 ようやく口を開いたかと思えば、しかし切り出してきたのは一体何の話やら。

 おれはとりあえず日和沢の今の独白を脳裏に反芻した。

 特攻、かな。

 どこに?


「だからお願い! ミコトくん、あたしに付き合って!」

「だからどこにだよ」


 ちまたの噂では、日和沢が口にしたような懇願は一部の単語だけ抜き出せば勘違いする輩もいると聞くが、冷静に接続詞に注意して聞いてみると、まぁ普通そんな勘違いは起こさない。お約束というのは破るためにある。


「先輩たちの、クラスに」


 言うや否や、日和沢はゲンドウポーズを解除、懇願するようにパチンと手を合わせた姿勢で上目遣いに、遠慮がちにそう答えた。

 なるほど、美夜にビラ配りを禁止され、じゃあどうやって勧誘活動を続けるかと考えた結果、これまで忌避きひしていた上級生のクラスへのダイレクトアタックを敢行することに決めたわけか。

 それがわかったところで、しかしわからないこともある。

 なぜおれを道連れに選ぶ。

 

「篠崎たちと行けばいいだろ」


 今朝の話を加味すれば当の篠崎は日和沢の軽音部設立活動に乗り気ではないようだが、敢えてそう訊いてみた。


「うん。でもミコトくんにも来てもらったほうが心強いと思うんだ。だからお願い!」

「別に心強くとかねーよ、何を根拠に言ってんだそれ」

「や、万が一先輩たちとトラブルになってもミコトくんなら何となく何とかしてくれそうな気がして。お姉さんが生徒会長さんだし!」


 おれを頼りにしてんのか生徒会長を頼りにしてんのかわかんねーな、この言い方じゃ。その生徒会長にも、つい今朝方、手段を一つ潰されているっつーのに。

 まるで曖昧な根拠。

 今朝の篠崎との会話が思い起こされる。

 日和沢がおれに対する見方がどうのこうのっていうのも根拠が漠然としている気がしてしょうがなかったが、それが気のせいでないとしたら、こいつもこいつで無自覚、なのか?

 いやホント、なぜおれを頼る……。


「つーかおまえ、美夜と連絡先交換するって言ってなかったか?」

「なんか機会がなくて」


 直接の知り合いだったらわざわざおれが駆り出されなくても済むだろうと思ったわけだが、日和沢は眉をハの字にして困り顔を見せた。

 まぁ学年違うとな。顔合わせる機会もないよな。今朝は気後きおくれしまくってたし。


「ってゆかミコトくん、お姉さんに連絡先教えていいか訊いてさ、オッケー出たらあたしに教えてよ」


 あいつの性格からして答えはわかりきっているような気もして徒労に終わる未来しか想像できなかったが、大した手間でもないので渋々ケータイを開いてその旨をメールで送ってみた。

 数秒で返ってきたのはこの上なく簡潔なこんな答え。


『ダメ、ゼッタイ』


「これは相当イヤがってんな」


 言いつつ、返信された画面を日和沢に見せると、「むぅん……」と日和沢は唸った。

 

「おい」


 またもや小突かれて左を見ると、そこにはおれを咎めるような視線があった。あーもう忙しい。

 今朝の件を鑑みれば、その眼に「断れ」という意思が込められているのは容易に汲み取ることができる。

 ……でもなー、これ断るとこいつ、一人でも突するぞ、たぶん。

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