第二三話 図書室の珍客(1)

 それはそれとして、あまり他人ひとのことにかまけてばかりもいられなかった。おれはおれで自分が入部する先を決めなければならないからだ。

 大抵の文化部なら身体に負担を掛けることなく活動できるような気はするが、そうするにしても選択肢は多い。何しろ文化部を中心に、中学では見られなかった奇天烈きてれつな部活が雁首がんくびを揃えている。

 中学じゃ文芸部だったけど、そんなに本が好きってわけでもねーしな。宇宙製のヒューマノイド・インターフェースでも在籍していれば一も二もなく飛び付くんだけど。

 とはいえ、馴染みがあるといえば馴染みがある、最も心理的ハードルの低い選択肢なのは確かだった。

 まずはそっち探ってみるか。

 そう思って放課後になって足を向けたのは、一年の教室と同じく本校舎の三階にある図書室だった。自分の教室を出れば見えると言っても過言ではないような距離で、移動の手間が少なくて助かる。

 目的は文芸部の部誌。大抵は図書室に誰もが閲覧できるように置かれているはずで、内容次第ではその活動の程度を窺い知ることができるはず。

 そうしていざ足を踏み入れた図書室は、放課後という時間のせいか人が少なく、わびしい印象を受けた。広さとしては、パッと見、普通の教室三つ分くらいか。本棚やテーブル、椅子なんかの調度品は地味過ぎず派手過ぎずというちょうど良い塩梅あんばいのものではあったが、どこかアンティークなおもむきも感じられた。それが通路を行き来するのに窮屈な思いをしないよう適切な間隔で配置されていて、華美なものなんて一切ないのに小洒落こじゃれた印象さえ受ける。

 これで茶菓子なんかが売られていればちょっとしたブックカフェかと見紛みまがうくらいなのに、利用者は少なかった。入学式直後、新年度開始直後という時期的なものもあって訪れる用事がないのかもしれないが、どちらにしろ、おれとしてはそのほうが良かった。図書室というのは静かであるべきだ。

 ところが、そんなおれ好みの雰囲気を醸し出す図書室ではあっても、少ない利用者が放つ雰囲気には違和感があった。視認できる範囲にいる数人の先客は皆一様にそわそわとした落ち着かない視線を部屋の奥の方へと向けていて、ちょっとした警戒心さえ漂ってくる。

 それがどうにも気になって、おれは自分の用事も後回しにその先へと行ってみることにした。

 奥に進むほどに人気ひとけはなくなっていく。途中ですれ違った生徒からは言外に制止の意図を込められた視線を感じたり、どこか切迫したような表情で首を横に振られたりもした。やめとけ、と。

 おそらくは上級生と思われる、妙に艶っぽい女子にはこんなふうに制止された。


「そこのボク、その先は危険だから行っちゃダメよ」


 ボク、じゃねーんだよ。高校生なんだよ、下級生を呼ぶにしてもおかしーだろ……。あと何で図書室に危険があるんだよ。

 好奇心に反抗心も加わり、おれは意地でも歩を進める。本棚の角を曲がり、そしてなんの心の準備もせずに、部屋の入り口からは陰になっているその場所に顔を覗かせた。

 こちらに背を向けて何かの本を開いている金髪ヤンキーがいた。

 ……なるほど。そりゃみんな気にするわけだ。この場にそぐわないにも程がある……。

 これだけ大胆に制服を着崩し、短い金髪を反抗的に逆立て、あまつさえ耳に髑髏どくろのピアスなんかを着けた人間が、知識の宝庫とも言うべき図書室に見合うわけがない。別に静かにしてんならいーけどさぁ。

 その不釣り合いさに言葉を失っていると、やがてそいつはおれの気配に気付き、頭三つ分くらい高い位置から朗らかな笑みを向けてきた。


「や、奇遇だね、こんなところで」

「奇遇だね、じゃねーよ。みんな警戒してんぞ。なにやってんだよこんなところで」

「暇潰しだよ。本は嫌いじゃない」


 と、相変わらずの穏やかな口調と声音で金髪ヤンキー――もとい、高上千馬たかがみせんまは答えた。

 これでこんな見てくれじゃなかったら、完全にこちらの気分が弛緩してしまう。そう考えると、これはこれで中身と外見の釣り合いは取れているとも言える。

 高上が開いている本を下から覗き込むと、表紙には『厳選! 知られざる世界遺産!』などと表記されていて、逆に高上が開いているがわを目一杯つま先を立たせて覗き込んでみると、どうやらテレビ番組などではあまり取り上げられないマイナーな世界遺産を紹介している本のようだった。今度おれも見に来よう。

 いや、それはともかく。


「暇潰しって、おまえ部活は決めたのか?」

 

 おれがそうたずねると高上はただただ無言で、その顔を何かの悟りを開いたかのような笑みに変貌させた。

 もう少し言い方を変えよーか。


「宿題が終わりそーにない夏休み最終日に開き直ったみてーな清々しい笑顔浮かべてんじゃねーよ」


 そんなふうに突っ込みながらも、おれはすぐに思い至っていた。

 学校の部活動なんていうのは大半が集団行動で形成されている。というか学校自体がそうだが、部活動ともなるとさらにその要素が強くなる。

 高上はおそらく、自分なんかがそこに入っていってはその輪を乱すことになりかねないと気後れしているのかもしれない。この性格なら十分にあり得る。


「いやぁ、俺自身は友好的にやっていきたいと思ってはいるんだけどね。……あぁ、どうしてこの学校は部活に入らなきゃいけないんだろう」


 どうして世界から戦争がなくならないんだろう、みたいなテンションだった。その表情を――表情だけを切り取れば、戦争がなくならないことを憂える宗教家のようですらある。

 いや、部活程度でそんな顔すんなよ……。


「どうにも俺のこのスタイルは普通の人からは忌避されるみたいでさ」

「そりゃそーだろ……。寄ってくるのは同じカテゴリの人間だけだろ」

「……俺の場合は逆だったんだけどね」

「ん?」


 高上の最後の台詞は、ともすれば誰にも聞かれまいとするかのように薄弱はくじゃくで、訊き返したおれの声にも返ってくる言葉はなかった。

 代わりにやや逸らされた話を向けられる。


「そういえば君は、初対面からわりと普通に俺と接してくれてるよね」

「そう見えたか? 外と中のギャップに戸惑ってはいたぞ」

「気持ち悪がる人間もいるくらいなんだけどね」

「シャカイケーケンが足らねーんだろ、そーゆーヤツは。……いや、おれも豊富なほうじゃねーけど」


 それでも、入院しているだけでもいろんなヤツを見てきたのは確かだ。そいつらに比べれば、高上のキャラなんて霞んで見えるわ。ゴリゴリのヤンキーなんてマジ珍しくなかったし。

 高上から何か問いたげな視線を感じるも、しばらく待ってもその口から言葉が出てくることはなかったので、おれは話を戻す。……絡みにくさで言えば、込み入った身の上のおれも負けてないんだろーな。


「ま、部活はとりあえず所属しとけばいーんだろーし、幽霊でいーんじゃねーの?」

「いや、駄目だろう、それは」

「マジメか」


 思えばこのヤンキーは入学式からこっち、一度も授業をサボタージュしていないしな。律儀に教科書を開き、何度も黒板と視線を往復させてノートを取っている。いやホント、マジメか。

 それを見るクラスの視線も少しずつ変わってきているのも感じるし、やっぱり、こいつがクラスに馴染むのは時間の問題だろーな。

 ただ、部活選択が困難であることに変わりはない。

 と、そこでおれは一つのあることに思い至った。

 ふむ、と高上の野性的な出で立ちを頭から足の先まで見下ろし、そして再び頭まで視線を上げていく。


「おまえのそんな外見を活かせる部活がある……かもしれない」

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