第二三話 図書室の珍客(2)
そんなふうにおれがポツリと呟くと、高上は目を丸くして固まった。もう少ししたら鱗でも落ちてくるかもしれない。
そんな部活も、正確には“これから生まれるかもしれない”だけど。
おれはその辺の周辺事情を明かす。
「日和沢が軽音部作ろーとしてんだよ。……日和沢ってわかるよな? 同じクラスの」
今のところ、高上はおれと同レベルでクラスの連中と交流がない。そんなこいつがクラスメイトのことをちゃんと記憶しているのか疑わしかったので確認したのだが、意外というべきか否か、苦笑と首肯が返ってきた。
「で、入部希望者を四人揃えて申請用紙を提出しなきゃいけねーから、今絶賛メンバー募集中なんだと。おまえどーだよ、軽音部っつー分野ならそのナリもしっくり来るんじゃねーか?」
「でも俺、楽器なんて何も出来ないんだけど」
「あの感じだと経験の有無は拘ってなさそーだったぞ。初心者歓迎ってヤツだな」
「君も誘われたのか?」
「まーな。けど、おれも楽器できないし一から始めるには興味も足りねーし目立つの嫌いだから断ったけどな」
「断る理由多いね……」
「しょうがねーだろ。事実なんだから」
すべて言葉にして伝えたわけじゃねーけど。
「そうか。俺は……どうしようかな」
高上は顎に手を当てて思案顔を見せた。
確かにイチ学生が興味本位で始めるのは少しハードルが高いかもしれない。時間にも資金にも余裕のある生徒でなければ即断即決できるようなことじゃない。おれは即断即決で断ったけど。
「まぁ、まだ少し日はある。好きなだけ考えりゃいい」
「そうだね、十分考えさせてもらうよ」
答えを出すのに時間が掛かりそうだったので猶予を匂わせると、高上は朗らかに頷いた。
さて、と。
何となく脱線して日和沢の代理で勧誘なんてしてしまったが、気持ちを切り替えて予定を本線に戻す。
高上に背を向け、文芸部の活動成果とも言える部誌の捜索を始める。
こういうのは大抵、図書室の入り口付近か少し開けたところの比較的目立つところに置かれているはず。
入室した時はすぐに室内の違和感に意識を向けてしまったせいでスルーしていたけれど、入り口近くの壁際には案の定、普通の棚とは明らかに違うそれが設置されていた。コンビニにある雑誌棚のような、雑誌の表紙を前にして強調するタイプのラックで、各種新刊雑誌が並べられたそれらの片隅に、文芸部の部誌は置かれていた。
おれが一部しかないそれを手に取ると、
「文芸部?」
背後からそんな疑問の声が掛けられる。
振り返ると、そこには高い位置からおれの手元を覗き込む金髪ヤンキーの姿。どうやらおれの後についてきていたようで、周囲からは利用客数人が奇異な視線を向けていることに気付いた。
……今のおれたちが視覚的にどう映るのか、努めて客観的に脳裏に思い浮かべてみる。
「…………」
そんな言葉が浮かんだ。
どっちが凸でどっちが凹かは言及しねーけど。
「あぁ、中学じゃ文芸部だったからな。この学校の文芸部はどんなんかと思ってな」
「へぇ、文芸部か。……文芸部ってどんな活動をしてるんだ?」
ま、そーいう反応になるんだろーな。日和沢にも訊かれたことだけど、話題にでも上らない限り文芸部なんていう地味な部活の内容なんて誰も気にしないんだろう。運動系に比べりゃ華が足りないのは明らかだし。
別に全然いーんだけどな。文芸部をメジャーにしたいなんていう気はサラサラないし、思い入れもそれほどあるわけじゃない。
おれは以前に日和沢に返したことをそのまま伝えると、返ってきたのはこんな反応だった。
「ふうん、面白そうだね」
軽音部に勧誘した時より感触が良かった。
飽くまでもおれが所属していた中学の文芸部の活動内容だからあまり参考にしてもらっても困るんだけど、暇潰し(現実逃避とも言える)に図書室なんかに足を運ぶヤツだしな。
おれは部誌を開き、後ろの遥か高みから覗き込んでくる高上と一緒になってそのコンテンツに目を通す。内容は中学の文芸部で見たようなものと大差のないものばかりで構成されていて、あまり目を見張るような新鮮さはなかった。
「普通だな」
「そうなのか?」
「あぁ、活動してるだけマシってトコかな。どーでもいーけど」
「俺的にはイラストとかあったのが意外だったよ。もっと文章だけで構成されてそうな堅いイメージだったからね。こういうのを作るのか」
「まーな」
年に何回発行されてるのかは知らねーけど。
ともかく、これで文芸部の活動状況はある程度確認できたけど、問題は入部するか否かだ。文芸部は飽くまでも候補の上位だというだけで、あまり入部の意思が強いわけじゃない。
もう少し他の部活も見てみたいところだな。
と、そこでおれは、先週、ナギが各部見学も仮入部も可能だと通知していたのを思い出す。先週に軽~く見学はしたが、仮入部はしていない。
ついでに、以前、藍沢から貰ったありがたいお言葉も一瞬だけ脳裏を
とにかく手を出してみる、みたいな感じだっけか?
そしてすぐ背後には、おれと似たような状況に陥っていると思われるクラスメイトもいる。ちょうどいい。
「おまえ今、暇潰ししてたんだよな。だったらちょっと付き合え」
「別にいいけど、どこに?」
「仮入部巡り」
呆気に取られたような顔を返してくる高上に対し、クイクイと指でついてこいと促す。
そして背後にヤンキーを引き連れて図書室を後にした。
図書室から集まるうろんげな視線は最後まで消えることはなかった。
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